想像力の大切さ

人の気持ちを大切にするってことはつまり、

想像力を持って人と関わっていくこと。

このコロナ禍で、私はそれをひしひしと感じる。

我が家には幼児3名と高齢者1名がいる。

家族の誰も、コレと言った薬のない病にかかりたくないし、園児と祖母に関してはコロナにかかることで園や利用する介護サービスに迷惑を欠けてしまうので、ダブルでかかりたくない。

気をつけてもかかってしまったら仕方ないよ、という風潮も出てきてはいるけれど、迷惑がかかることに違いはない。園が休みになれば急に仕事を休まなくてはいけない保護者も出るし、子どもたちも楽しみにしている運動会が中止になるかもしれない。

それより大変なのが介護サービスで、家族に要介護者が居なければわからないだろうけれどデイサービスに行かなければお風呂に入れない(もしくは入ってくれない)人も居るし、認知症が進むリスク、リハビリができず体の拘縮が進むリスクも高くなる。

これらはすべて想像しなければわからないこと

もちろん、しょうがいを持ったお子さんを育てている家庭や、療育に通っている家庭の保護者の方も困るだろう。あげだしたらきりがない。

そんな中で、連休中の観光地の混雑のニュースは衝撃的だった。と、同時に、だからといって誰も行かなければ観光業の人たちの生活も成り立たないという想像もできる。

この想像力は必要でもあり、厄介なものだ

私の周りを見ても、別に老人が家にいるわけでもないけど、とにかくコロナに感染したくないと言って、緊急事態宣言時とほぼ同じ生活スタイルを貫く知人も居れば、

連休中にかなり混雑するテーマパークや観光地で楽しんできた知人たちも居る。

旦那さんが毎日のように飲み歩いている知人も居る。

それぞれが、それぞれの考えで動いていて、それを批判できるほど、完璧なデータも持ち合わせない私は、ひとりで悶々としている。

我が家の連休の場合は、先述の通り感染が怖いけれど、元気が有り余っている子どもを外で遊ばせたかったので、色々調べて、かなり穴場スポットの自然のなかを散策するという過ごし方を選択した。お弁当も持参で。途中でどこにもよらなくて住むように飲み物も含め持参とした。

このコロナ禍で、我が家はより一層家族がスキになったと思う。大きなプールや海に行けない代わりにお家プールを工夫して設置してみたりもした。

幼稚園児でさえ、コロナ禍ではソーシャルディスタンスを守ることや手洗いうがいの大切さを学び、今は仕方ないね、と理解している。

今の我が家でよく出る言葉は

「コロナが落ち着いたら○○しよう!」

先は見えないからいつになるかはわからないけれど、楽しみを家族で共有することでストレスは軽減されている。

見えない誰かを困らせたり傷つけたりする前に、できる限りの想像力を以て立ち向かいたい。

そして、その想像力があれば、それなりに楽しめるのだから。

不平不満をあげ連ね、誰かのせいにし、自分を正当化することが当たり前になってきたこの世の中では、想像力を持った人間が貴重になると思うから、

子どもたちには想像力を自然と養ってもらえる家庭でありたい。

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