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涼暮月のいろは

 梅雨の時期になった。洗濯物は乾かず、部屋にカビが生え始めるじめじめして嫌な季節だったけど、今年はそんな梅雨を楽しんでいる。田んぼの稲は順調に背を伸ばし、寺子屋ファームの野菜たちは登校するたびに大きくなっている。ちゃんと季節が巡っていることを感じ、自然は本当に良くできているなと感心する。

◎梅仕事

▷娑婆訶梅

 崎地区には娑婆訶梅という大きな梅林があり、収穫のお手伝いをさせていただいた。青くぷっくりした南高梅、黄色に赤く紅がさしたような紅映(べにさし)、梅酒作りに向いている梅郷(ばいごう)の三種類を取り残しがないように脚立に登ったり、木の下から葉陰に隠れた梅の実がないか探したり。なかなか根気のいる作業だけど、夢中になっていると時間はあっという間に過ぎた。夏の楽しみの一つだった梅干し作りができて大満足だった。

◎ムラーズファーム

▷ムラーズファームの平飼い卵
▷育てている青山在来大豆のスケッチ

 いつも卵や野菜を使わせていただいているムラーズファームに仕入れをかねて、見学に行かせていただいた。昔は畑だった耕作放棄地を再び畑として使えるように、ヤギに下草を食べてもらい、開墾したという畑。ズッキーニ、カブ、レタス、コールラビ、ビーツ、ジャガイモ、玉ねぎ、キャベツなど、畑いっぱいに水々しい新鮮なお野菜が育っていて、気持ちがよかった。
 有機農業は、農薬を使わないため虫を手でつぶしたり、除草する労力や、虫除けシートや梱包資材などの備品のコストで、お野菜が高価になってしまうことをお聞きした。「安全な野菜を作りたい」というぬるい考えだけでは、続けられない農業だと感じて、ドイツ人のムラーさんが海士町で有機農業をされていることを、ただ”すごい”という言葉で終わらせてはいけないような気がした。
 有機農法のお野菜を高いと感じるのか、適正な価格だと思うかは、人それぞれの価値観で変わると思うが、私はできるだけ、自然やお野菜に負荷なく育てられたものや、尊厳が守られた命を口にしたいと思う。
 生産の現場と食卓が遠いものになっている中、海士町では、食材ができるまでの過程や農家さんの人柄を感じられることが本当に魅力的だ。 今回、ムラーさんの有機農業に対する情熱を知ることができたので、料理を通して美味しさと想いを伝えたいと思った。

 農家さんのこと、食材のことを分かった気になってしまわないように、謙虚な気持ちで生産者の方のお話に耳を傾けたい。

◎夏越の水無月

▽会席の八寸の中にある水無月豆腐

 6月は一年の半分の月。古くから夏越しの祓いという行事があり、茅の輪をくぐったり、氷に見立てた水無月というお菓子を食べたりして、半年分の穢れを祓い、夏の暑さを乗り越えるそうだ。

 6月の離島キッチンでは、野菜のペーストと葛を練り込んだ水無月豆腐や水無月というお菓子を作ったので、いつも以上に一年の半分という節目を大事に迎えられた気がする。7月から「半年よろしくお願いします」と気持ちを切り替えることができて、新鮮なスタートをきれた。

 シェアハウスしている母屋の2人と、夏越しの風流の会を催したことも大切な思い出になった。シェアメイトの1人から前の職場で「電気を消してスローな夜を」というテーマで、毎年夏至の日に灯籠の会をしていたという話を聞き、寺子屋でも夏至の夜に風流の会をしようと企画を立てた。小さな竹灯籠を作り、水無月とみたらし団子を作ってみんなで食べるというシンプルな会だったが、竹灯籠の灯りと、ぼおっと灯る月を眺めている時間が、なんとも言えない豊かな時間だった。
たった一年という限られた時間の中で、一度しか周ってこないこの季節を味わう風流の会。7月は、七夕の乞巧奠にちなんで梶の葉に願い事をしたためて、角盥に浮かべる風流の会ができたらいいなと考えている。

7月の目標は、
「美しさを意識する」
「素材を知る」
「表現する」

◎「美しさを意識する」

 これまでは、速さを重視した盛り付けや野菜の切り方だったので、100%満足していない状態でお出ししてしまっていたことが悔しかった。今月はスピードに加え、より美しく野菜を切り、上品な盛り付けができるようにする。また器や調理器具の扱いは料理の美味しさに繋がっている気がするので、丁寧に扱うこと。

◎「素材を知る」

 これまでは何%の塩をあてる、18:1:1の八方だしにつける、など言われた通りの分量を入れて料理をしていることが多かったが、素材そのもの味や途中過程の味をちゃんと見て、感覚を掴む。
同じ野菜でも、時期によって苦味や甘みが微妙に変わっており、育てている農家さんによっても異なっている。計算上ではなく、自分の感覚を研ぎ澄ませて良く観察する。

◎「表現する」

 離島キッチンでは、お客様に料理説明をさせていただくことがある。どのようなお料理なのか、どんな季節の素材や時候を取り入れているのか、料理を通して季節や海士町のことをお伝えするチャンスだと思う。私は上手に言語化することが苦手なので、日頃から食べるもの、飲むものを言語化する習慣を持つ。

(文:島食の寺子屋生徒 前田)