Startup Story: Blue Apron - ミールキットサービスは成り立つのか?(3/4)

急拡大を続けるBlue Apron

(前回の記事はこちら)2013年に合計$8Mの資金調達を行ったBlue Apronは自他共に認めるマーケットリーダーとしてデリバリー地域を積極的に拡大していきます。2014年5月に西海岸へのデリバリーに対応するため、カリフォルニア州のRichmondという街(サンフランシスコから少し北にある)にフルフィルメントセンターを立ち上げることを発表、同じ年の12月には2つ目のフルフィルメントセンターをNYCの隣町、Jersey Cityに設立、2015年6月には南部をカバーするため、テキサス州のArlingtonに3つ目を設立と、東と西と南をカバーできる体制を整えます。

同時に事業も急拡大しており、2014年春には毎月60万食のミールキットをデリバリーする程に(大体一食分が$10程度と考えると毎月の売上で$6M程度)、それが2014年末頃には毎月100万食(売上 $10M/月、$120M/年)、更に2015年6月頃には毎月300万食(売上 $30M/月、$360M/年)と、半年毎にほぼ倍になるペースで増えていきます。その高成長の事業をベースに資金調達も加速させ、2014年4月に追加で$50M、2015年6月には$135Mを調達し、バリュエーションも$2Bn(約2,200億円)に達します。今、振り返ればこの2015年後半〜2016年前半がBlue Apronのピークだったかもしれません。私達家族もちょうど2015年後半頃からBlue Apronを利用する様になりました(下の写真はBlue Apronで送られてくるレシピ、筆者撮影)。

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ミールキットで捕まえた顧客へのクロスセル、アップセルも色々と試します。2014年末にはBlue Apronが厳選した調理器具を販売するBlue Apron Marketというeコマースサイトを立ち上げたり、2015年9月には自ら直接ワイナリーから買い付けたワインの販売も始めます。Blue Apron Market自体は既にクローズしてしまった様ですが、ワインの方は継続して販売している様です(こちらのサイトご参照)。

Platedの差別化:高級化路線

Blue Apronがある意味、ミールキットの王道と見える道を行くのに対し、Platedは少し違った道を歩みます。2014年1月にNYCのアーリーステージファンドであるLerer Hippeau等から$5Mを調達した事は前回の記事で触れました。その後、2014年4月にテレビの番組の中で投資家に投資をお願いするというShark Tankに登場します。そう、何か聞いたことがある様なテレビ番組だな、と思った方は当たっています。昔、2000年代に日本で流行った「マネーの虎」です。Shark Tankは正にアメリカのテレビプロデューサーが日本の「マネーの虎」を見て、あれをアメリカでやりたい、と日本のテレビ局にお願いをして実現させたものでした。その辺りはこのForbesの記事に詳しいです。Platedの創業者二人はこのShark Tankでプレゼンすることを選んだ訳ですが、それは資金調達の狙いもあったと思いますが、恐らく本当の狙いはマーケティングだと思います。このShark Tankはアメリカでは2009年に始まっていますが、まだ続いている長寿番組で、多くの家庭で見られています。彼らにしてみれば、無料で全国放送で自社のサービスを紹介できて、且つお金まで調達できれば一石二鳥です(下はPlatedの写真、TechCrunch記事より)。

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結果的にそのShark Tankの投資家の一人から投資をして貰うことができ、Blue Apronの後を追う様にここから積極的に資金調達をしていきます。2014年8月にSeries Aと同じ投資家グループから$15Mを、2015年7月には$35MのSeries Bを、2016年8月には追加で$21MをGreycroftApax Partnersと言うPEファームを作ったAlan Patricofが立ち上げたニューヨークを本拠とするVC。Apax Partnersは日本のグロービ・スキャピタル・パートナーズが最初のファンドを90年代に日本で立ち上げたときのパートナーだったりします)等から調達します。この時点でのバリュエーションは$150Mと、Blue Apron(2015年6月時点で$2Bn)に比べるとやや見劣りします。

もう1つの差別化は商品です。Blue Apronの一食当たりの単価は大体$10程度でした。外食をすれば、アメリカの都市部とかでは(ウェイター&ウェイトレスへの)チップ込みで普通に一食 $20~$30はするので、それに比べれば半分以下、というプライシングです(もちろんスーパーで食材を買って調理するのに比べれば高いです)。Platedが取った戦略は高級化路線でした。食材もオーガニックに拘る、選択できる食事のバリエーションも増やす等の方策を行い、一食当たり単価を少し高めの$12~$13に設定、主に都心部で収入が多く、忙しい共働きの家庭を狙いました。結果、売上は順調に伸び、この記事によれば2015年の売上予測は$100Mとのことなので、当時のBlue Apron($360M/年)の1/3程度ぐらいには達していた様です。売上の差は1/3程度なのに、バリュエーションの差はほぼ10倍近くあるのは興味深いですね。やはり投資家としてもBlue Apronは明らかにセグメントリーダーで、Platedとの差は大きいと見ていたことに関係していると思われます。

HelloFresh:複数市場での同時立ち上げ

アメリカ市場のみで展開をしているBlue ApronとPlatedに比べると、HelloFreshのオペレーションはなかなか大変でした。ドイツに本社がある彼らはヨーロッパの複数の国(ドイツ、イギリス、オランダ、オーストリアの4ヶ国)での立ち上げに加えて、Blue ApronやPlated、他にも後述する新規参入の競合とガチンコで競争をしながらアメリカでも素早い事業の立ち上げを行う必要があります(あまり深入りませんが、HelloFreshは同じタイミングで遠いオーストラリア市場にも参入しています)。正にRocket Internet流ですね。1つの市場での立ち上げだけでも大変なのに、それを複数で同時並行で行うというのはいかに大変かが良く分かります。

この複数市場展開の良い面は、当時ヨーロッパにおいてはアメリカほど競合がいなかったので、一旦、立ち上げてしまえば、安定した事業(利益がきちんと出ればキャッシュフロー)が構築できるという点です。当時、一見、無謀と思える戦略を行ったことは、現在のHelloFreshの成功を支えるのに大きな役割を果たしたと考えられます。これについては次回、詳しく見ていきます。ただ、話を戻して2014年当時のHelloFreshは正に6つの国で同時に垂直立ち上げを行っている時期なので、オペレーションはボロボロでした。Inc.の記事によれば、各国のマネジメント間の連携は皆無、情報共有・伝達もほぼなし、特にアメリカにおいてはフルフィルメントセンターのオペレーションは問題だらけだった様です。(下はインフルエンサーのAshley Iaconettiを使った当時のマーケティングの写真)。

ただ、実態はボロボロながらも、幸か不幸か事業自体は伸び続けます。Tech.euの記事によれば、2014年3月頃までには6ヶ国で事業を展開し、既に毎月100万食をデリバリーを行っていた様です。同じ頃、Blue Apronが60万食程度だったことを考えると規模感ではHelloFreshの方が一歩先を行っていたことが分かります(その後、2014年末頃までにはBlue Apronも月100万食を達成)。恐らく複数市場での立ち上げはコストが掛かるのでしょう、2013年中にヨーロッパの投資家を中心に調達した$17.5Mもほぼ運転資金で消え、2014年半ばには更なる資金調達が必要になります。

追加の資金調達をするに当たって、HelloFreshはアメリカの投資家に目を向けます。2014年頃はBlue Apron、Plated等の普及により、ある意味で、投資家が"educate"され、ミールキットサービスに対する知識と興味が広まっていたタイミングでもありました。そこに、Blue Apronよりも事業規模が成長している会社が現れれば、投資家としては誰でも話は聞いてみたくなると思います。そして、その狙い通りHelloFreshはInsight Partners等から2014年6月に$50M2015年2月には追加で$126Mを調達します。この時点でのバリュエーションは$680M。Insight Partnersはとてもしっかりとしたレイターステージファンドで、1995年設立でAUM(Assets Under Management、ファンドが運営しているファンドの規模)は$30Bn(約3,300億円)、これまでの投資先はDocker, Twitter, Tumblr等々、豪華な名前が並びます。

更に同じ年、2015年9月には世界的な投資会社として著名なBaillie Gifford等から$85M、翌年にも追加で$89Mを調達します。その時点でのバリュエーションはBlue Apronとほぼ同じの$2.1Bn(約2,300億円)。通常、Baillie Giffordは上場株に投資をするのですが、この2015年、2016年当時は多くの上場株ファンドが、レイターステージのベンチャー投資に積極的に動いているタイミングでもありました。しかし、Baillie Giffordが投資をすると言うことは、当時HelloFreshはもうIPOを狙えるほどの事業基盤と成長力を持っている会社であった、と言うことになります。

続々と市場参入する競合企業

ミールキットサービスのパイオニアである3社が2014年〜2016年、更なる資金調達と事業成長を続ける間、そのマーケットの拡大をチャンスと捉え、様々なベンチャーがこの領域に参入してきました。その数はアメリカだけでも10以上はあったと思います。いくつかはまだ生き残っていますが、多くは途中でうまく行かずに事業ストップになるか、買収(多くはacqu-hire)されてきました。その中で生き残っているものを中心にいくつか紹介をします。

SFを本拠とするGobbleはスタートは実はBlue Apronよりも早く2011年でしたが、元々は第2回で紹介したMunchery等のデリバリーキッチンに近いコンセプトで、個人のシェフと料理を注文したいユーザーを繋げるマーケットプレイスでした(日本からはDeNAが出資していたりします)。それが2014年にはピボットをして完全にミールキットサービスになったのですが、彼らの差別化は”スピード”です。Blue ApronもPlatedも料理を作るのに大体30分以上、掛かるのですが、Gobbleはそれを15分で済みます、と言う謳い文句で、更に忙しい家庭に受けています。Gobbleはこれまでa16zやKhosla Venturesから$30M弱を調達し、現在も継続して事業運営を行っています。

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2014年にNYCで始まったFreshly(上の画像イメージ)も同じ様にスピードを売りにしており、彼らの場合、ユーザーは調理をする必要すらありません。届いたものを3~5分間、電子レンジでチンするだけでOKと言うものです。FreshlyはHighland Capital等から累計$107Mを調達しています。興味深いのはFreshlyにはHelloFreshにも投資をしたInsight Partnersも投資している点ですね。通常、VCは競合になる様な会社2つ以上には投資しないものなのですが、この2つは違うと判断したのでしょうか、真相は分かりませんが、余りあるケースではありません。

2015年3月にスタートしたSun Basket(SF本拠)は料理で差別化しています。同社が提供するミールはグルテンフリーで、主にベジダリアンのユーザーをターゲットにしています。事業も大きく伸びている様で、これまでに累計$140M程度の資金調達をしています。中西部のシカゴでもHome Chefと呼ばれるミールキットサービスが2014年に立ち上がっています。ここまで来ると、何がどう差別化なのかが良く分かりませんが、いずれにせよ第1回でも触れた通り、フード業界は巨大な産業ということが背景にはあるのだと思います。

我々GFR Fundが投資をしているTovalaは少しユニークです。同社は元々はGrubhubやBraintreeが生まれたChicago Boothのビジネスプランコンテスト、New Venture Challengeから出てきたのですが、彼らの特徴はハードウェア+ミールキット、という混合モデルであることです。ハードウェアとは、同社は独自で(普通のオーブンよりも少し高級で通常は10万円以上する)スチームオーブンを、元家電エンジニアのCTOが余分な機能を削ぎ落として$300程度という驚異的な値段で販売し、且つそれをスマホアプリで使える様にスマート家電化しています。そこにミールキットを頼むと、毎週ミールキットが送られてくるのですが、パッケージにバーコードがあって、それをオーブンに読み取らせると勝手に10~15分程度で調理をしてくれる、というものです。もちろん、スマートオーブンなので、自分で料理をすることも可能であり、アプリでメニュー等を検索し、実際に調理することもできます。同社はこのコロナの影響もあって、この数ヶ月もの凄く販売が伸びており、つい先日$20MのSeries Bを発表したばかりです。

同社が始まった頃、僅か$1.6Mのシードラウンドを2016年夏に行っているのですが、その時にCEOから頼まれて、シカゴのローカル新聞であるChicago Tribuneのインタビューに答えたのがこれです。自分のコメント(当時はグリーの立場で投資)が英字新聞に載る初めてのことだったので、良く覚えています。

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これまで見てきた通り、2014〜2016年はミールキット領域が、新規参入者の増加と共に大きく伸びた時期ではありました。それが2017年以降はBlue ApronとHelloFreshが上場し、勝者と敗者が明確になると共に、このミールキットサービスの限界といった面も表面化してきます。続きには最終回で。

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