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Startup Story: Blue Apron - ミールキットサービスは成り立つのか?(1/4)

Blue Apron

この記事を読んで頂いている読者の中でミールキットサービスを利用している方、又は利用したことがある方はどれぐらいいますでしょうか?日本でもこんな記事を見つけたので、徐々に普及しているみたいですね。ミールキットサービスとは、毎週何食か分の食材とレシピが配送されてきて、自分でレシピを考えたり、食材の買い出しに行ったりする必要がなく、届いた食材でレシピを見ながら調理をすれば、できたての料理が食べられる、と言うサービスです。実は我が家では2015年半ばからずーっと使っています。それがBlue Apronと言う企業で、この分野ではアメリカの代表格です。ヨーロッパでもHello Freshと言う企業があり、同社はアメリカでも積極的に展開しています。今回はこの巨大な食の業界に、サブスクリプションという新しいビジネスモデルを使って風穴を開けたBlue Apronに焦点を当ててみたいと思います(以下写真はBlue Apronウェブサイトから)。

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最初の二人の創業者

今回は最初の記事で取り上げたGiphyと同じく、東海岸を中心に物語は始まります。Blue Apronには三人の創業者がいます。CEOであるMatt Salzberg、CTOであるIlia Papas、三人目はCOOと言う肩書きながら、食関係一切を見ていたMatthew Wadiakです。この三人はバックグランドはバラバラで、別に大学時代からの仲良しチームという訳ではないのですが、良い意味でそれぞれのスキルが補完関係にありました。

CEOのMatt Salzbergははたから見ると典型的なIvy Leagueのエリートです。父親は大手会計事務所のデロイトの元CEOで現在はColumbia Univesityの教授であるBarry Salzberg、New Yorkで生まれたMattは大学はBostonにあるHarvard Universityに行きます。彼は2001年に入学したのですが、その1個下にFacebookの創業者であるMark Zuckerbergがいました。Zuckerbergは2004年には多くの同級生とHarvardをドロップアウトし、Facebookを設立したことを考えると、同じタイミングに同じキャンパスにいたMattが影響を受けたことは容易に想像がつきます。しかし、Harvard卒業後は起業ではなく、当時、恐らく最難関で入るのが難しかったであろう、大手プライベートエクイティファンドのThe Blackstone Groupにアナリストとして入社します。そして、4年後、再びMBAを取るためにHarvard Business School (HBS)に戻り、MBA取得後は将来の起業を見据えて、超名門のVCであるBessemer Ventures(Pinterest, Shoptify, Linkedin等に投資)に入り、NYCに戻ります。

CTOのIlia PapasはBoston生まれ&育ちで、大学もBostonで歴史のあるLiberal Arts collegeのTuffs University(日本人だと例えばビズリーチ創業者の南さんが行かれた大学ですね)でComputer Scienceの学位を取り、大学時代から様々なエンジニアとしての仕事を受けます。Tuffsを卒業してからもBostonに残り、Molecular(2005年にイギリスの大手広告代理店 Aegis Groupが買収し、isobarに社名変更。その後、2012年に電通がAegis Groupを買収)という広告代理店や、eCommerceサイトを構築すサービスを行っているOptaros(その後、大手広告代理店のIPGが2014年に買収)等でエンジニアをやります。そしてForbesの記事によれば、2011年末のある夜、BostonでSalzbergのHBS同級生が始めたスタートアップにて開催されたHappy Hour(お酒が入ったミートアップみたいなもの)でSalzbergとPapasは出会います。二人は新しいことを始めるアイデアで意気投合したそうですが、良くある話として、最初のアイデアはBlue Apronではなく、全く別のものでした。

最初のアイデア:Petridish

そのアイデアというのはKickstarter(Kickstarter自体は2009年4月に立ち上がっています)の様な形でリサーチサイエンティストに対してクラウドファンディングを行うもので、二人はそれをPetridishと名付けました(Petri dishはよく実験室で使うガラスでできた小さい容器のこと)。このアイデアをフルタイムで行うため、PapasはBostonからNYCにわざわざ移住し、SalzbergはBessemerを辞めて、友人・知り合いから$800k(約9,000万円)の資金を調達して、2012年2月にPetridish.orgがローンチされました(以下はローンチ時のSalzbergによるtweet)。

PetridishはTechCrunchでも取り上げられ、それなりに注目を集め、又Forbesの記事によれば、売上も数ヶ月で数千万円規模に達したそうです。ただ、大きくスケールするビジネスではない、という理由で二人はPetridishを辞め、次のアイデアを模索し始めます。

ここでBlue Apronのアイデアが出てくる訳ですが、そのアイデアの誕生には少しグレーな部分があります。スタートアップあるあるですが、そのアイデアは誰がどの様に思い付いたか、という話です。創業者二人によれば、Papasがある晩、アルゼンチン風ステーキを友人宅で作るために食材を買い込んでいるときに、「誰かが適量の食材を自宅に届けてくれたら何でいいのだろう!」と思い付いたことからBlue Apronが始まったと。ただ、これにはいくつかの議論があり、聞く人によって違うストーリーがあります。

ミールキットサービス発祥の地:スウェーデン

そもそも、ミールキットサービスは本当にBlue Apronが発明したのでしょうか?実は、それよりも4年以上前にアメリカではなく、ヨーロッパの北の端っこにあるスウェーデンで始まりました。2008年に始まったLinas Matkasseという会社で、社名は英語ではLina's Lunch Box、姉弟が創業者で姉のニックネーム(本名はCarolina)がLinaだったことからこの名前になりました。こちらの記事に2015年に行われた創業者とのインタビューがあります。2015年当時、人口が約1,000万人の国でLinas Matkasseは既に$120M(約130億円)の売上があったそうです。スウェーデンでは当時、まだオンラインのコマースは盛んでなかったこと、又家庭の殆どが共働きなので、そのニーズにぴったりはまったのが理由と自ら分析しています。同社は現在でも健在で、上場もしておらずVCから調達したお金と売上で運営を行っている様です。(以下写真は同社のウェブサイトから。真ん中の女性が創業者の"Lina"。)

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Linas Matkasseはスウェーデンからノルウェーやオランダには進出しましたが、成長より利益を重視しており、大きく資金調達をして積極的に他地域に展開するという手法は取りませんでした。それに目を付けたのがドイツの、あのcopycatで有名なRocket Internetです。Rocket Internetと言えば、日本でもGroupon Japanや、アメリカのZapposをコピーしたロコンドを設立したりと、2010~2011年頃に頻繁に名前を聞いた会社です。彼らのモデルは他国で上手くいっているビジネスモデルをコピーし、圧倒的な資金力とスピードで他の地域でそれを素早く立ち上げる、というものでした。彼らは2011年頃にはLinas Matkasseに目を付け、創業メンバー3名をリクルートして2011年11月にドイツのベルリンでHello Freshをスタートさせます(同社のモデルはビジネスを見つけたら、若くて優秀な人材、特に投資銀行やコンサル出身者を雇い、あとは死に物狂いで働かせる、というものです)。そして、素早くオランダ、イギリス、フランスに展開すると共に、2012年半ばにはアメリカとオーストラリアでもローンチします。

DineIn Fresh:HBS同級生が始めたサービス

SalzbergとPapasがミールキットサービスのアイデアを考え始めている頃、同じNYCの数ブロック離れたところで、SalzbergのHBS時代の同級生二人が新しいビジネスを考えていました。技術屋で連続起業家であるJosh Hixと、公共政策等のキャリアを持つNick Tarantoです。二人が考えついたアイデアもBlue Apronと同じ様なミールキットサービスでした(当初はDineIn Freshと言いました)。ある記事によれば、Blue Apron(当初はPart & Parsleyという名前でした)の二人が実はHix及びTarantoのアイデアを盗んだ可能性があるとのこと。Forbesの記事は違った見方をしていて、恐らくBlue Apronの二人も、Hix & Tarantoも、ドイツで2011年末に立ち上がったHello Freshのサイトを見て、ミールキットサービスをアメリカで始めることを思い立ったのではないかと。その根拠としてBlue ApronとDineIn Freshの初期のサイトやキャッチフレーズがHello Freshのイギリスのサイトに酷似していることを上げています。(下はDineIn Fresh、後のPlated、が立ち上がった頃のtweet。)

この辺りの真実の程は分かりませんが、興味深いのは2012年夏から秋に掛けて、立て続けにこの3つのミールキットサービスがNYCを中心に始まったことです。

Blue Apron:三人目の創業者

最初にサービスを立ち上げたのはDineIn Freshでした。Hixのtwitterを追っていくと、2012年7月にはDineIn FreshのTwitterアカウントを立ち上げていて、デリバリーを開始していた様子がわかります(そして2012年8月には社名をPlatedに変更)。Blue Apronは、ほぼ誤差ですが、恐らく2012年8月頃にデリバリーを開始。元々の創業者であるSalzbergとPapasはフードビジネスをやることを決めた2012年春頃から大急ぎでフードビジネスが分かってメニューを考えられる三人目の創業者を探します。それがMatthew Wadiakです。

Wadiakは面白い経歴を持っています。こちらのインタビュー記事によれば、元々はテキサス州ヒューストンで生まれ、その後、シカゴがあるイリノイ州に引越し、高校生ぐらいから近所のレストランでバイトを始め、そこで料理を学びます。大学は地元の名門校 The University of Illinoisに行き、写真家を目指しますが、その後、やはり料理を学び直したいと思い立ち、著名な料理学校であるThe Culinary Institute Of Americaに入学します。卒業後はイタリアやカリフォルニアで料理家として修行を積み、2009年にNYCに移住して、なぜかレストランではなく、ピラティスのスタジオを始めました。そして、どういう切っ掛けでSalzberg&Papasに出会ったかは分かりませんが、2012年の始めに二人と会い、春頃にはフルタイムでBlue Apronにジョインすることになります。

Blue Apron vs. Plated vs. Hello Fresh

このDineIn Fresh/Plated、Blue Apronの動きを見て、焦ったのが遠くはベルリンにいるHello Freshチームです。Hello Freshの創業チームは投資銀行出身のDominik Richter、コンサル出身のThomas Griesel(二人ともドイツ人)、唯一の女性でスウェーデン人のJessica Shultzの3名、いずれもRocket Internetによって選抜された勝気盛んで優秀な若手です。勝つことが至上命題のRocket Internetにおいて、他社に後塵を排することはあってはならないので、Inc.の記事によれば、当時Rocket InternetのEIRだったSimon Schminckeを2012年9月にHello Fresh USのCEOをとしてNYCに送り込みます。こうしてBlue Apron、Plated、Hello Freshはその後、三つ巴でこのセグメントを牽引していきます。

投資をしている方であればすぐに分かるかもしれませんが、このミールキットサービスは非常に参入障壁が低いので(=技術的な差別化がなく、誰でも準備をすれば始められる)、2013年から2015年までの間、雨後の竹の子の様に類似サービスが立ち上がります。2013年2月のNew York Timesの記事では上記3つを含む5つのサービスを比較していますが、それだけではありません。食材がオーガニックだったり、アジア食特化型だったり、料理時間を短いものに限定したり、手を変え品を変え、微妙な差別化をしたものが多く市場に出てくることになります。次回ではこのミールキットサービスがアメリカで登場し、投資家から注目を浴びた背景や、2013年以降、ミールキットサービスの競争が激化する様子を時間軸と共に見て行きたいと思います。

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