見出し画像

縁側にて

信玄
このうねりの中に皆飲まれているだけだ。ただ握りつぶされる赤子を前に儂が出来ることと言えばそれを楽しんでやることぐらいじゃないのか。

昌景
お館様、俺にはただ人を殺しているだけに思える。楽しいから、肉親のため、誉れのため、今までそう生きてきたから、どのような些細な事でもとにかく動き続ける為の原動力になると思われます。そんなこといちいち口に出すとかえって体に悪い。疲れたら休みませぬか。

信玄
儂は投げ出せぬ。もはや動きたいように動けぬ程に作りすぎた。その作ってきた過程はどこに消えるのか。儂の中にあるだけだ。だから生き方を変えるなどもう無理だ。儂が、儂しか天下は取れぬ。

昌景
違う。そんなわけが無いと親方様も分かっておられる。そう思っていた方が前に進めると思うなら、もっと良い事を我らで考えませぬか。

信玄
そんなこと出来る訳が無かろう。勘助も死んだ。信繁も死んだ。






信春も高坂も、源四郎、お前らがいるか。

昌景
人がいるだけでいつもより前に進めるのではないでしょうか。殺してばかりで私も人を否定して己れだけを見つめて刀を振りますが、ふと木を眺めているとそうではないといつも思わされる。木はただ立っているように見えて毎年葉を変えたり、水を吸ったりと大変だ。しかし他の草を巻きつかせたり、リスに住ませてあげたり。余裕があって無視しているのかそれともどうにも出来ぬだけなのか分からなかったのですが10年も刀を振っているとそうでもないと気づきます。リスは種を盗むようですが溜め込んだ物を全部食べるわけではない。しまっておいて取りにこぬこともある。巻きついた蔦は木よりも早く死ぬ。死ぬことで土が肥える。奪い合い助け合い、お互い適当にやっているかのようでお互いに深く結びつきあっている。いや、適当に思うまま生きて、なおかつ深く結び付き合っているのかもしれませぬ。当の本人たちは意識もしていないのでしょうが。我々もそのように出来るはずだが、戦だ天下だと言って無理くりやろうとしているからガタがくるのではないでしょうか。

信玄
当たり前がつまらなくなったら次に行くだろう。わし達は成長しすぎたのかもしれんな。リスが天下など思いもしない。どこに木の実が落ちているか、良い尻をしたメスリスはどこにおるかとか考えておるのだろうか。いや案外ぼーっとしておることもあるなぁ。暇な時はあいつらなにしておるんじゃ。それが分かればわしらもそうしておればよいじゃろう。

昌景
うぅむ、、、


ぼーっとしておるのでは。

信玄

これは、傑作じゃ笑笑

昌景

そうですなぁ。いやこんなに楽しく話したのはいつ以来か思い出せませぬ。
しかしリスがもっと多くの餌をと言って溜め込むのと同じように我々も戦だのなんだの求め足掻いておるのかもしれぬとも思えてきました。うぅむ。

信玄
よし、久しぶりに面白くなってきた。源四郎酒を持って参れ。いや、わしが取りに行こう。源四郎はつまみを考えておれ。主君に酒を取りに行かせるんじゃからとんでもない物でないと承知せぬぞ。

昌景
はっ!!

信玄は裏へ酒を取りに行き、縁側に戻ると昌景はつまみを取りに森へ行くと言い出した。10日経っても帰って来ないので探しに行こうかと思ったが、刀でも振って考えておるのだろうということでほっておいた。しかし時間が長くなると期待も多くなるもので、この大きな期待に合うものはないだろうと信玄は1人酒を飲みながらとうとう庭の木に住むリスでも食ったら美味いかと考え始めていた。

昌景
親方様!!遅くなり申した!!!!

信玄
待て!!!何を持ってきたかは言うな!!!!!まだお前が何を持ってくるかの予想が固まっておらぬ!!!!あと信春が何故一緒にいる!!

信春
はっ!!山籠りに飽きて女子を4、5人集めて川で遊んでおりましたところを昌景に引っ捕らえられましてござる!!

信玄
そうか、お前はいくつになっても元気じゃなあ。
昌景、まだ言うなよ。しかし検討がつかぬ、、、10日もかかるもの、、、、

昌景
では道中を語りますゆえ、途中でつまみにお気づきになったらその時に。

信玄
面白い!存分に語れい!!!

昌景
まず、刀を振り申した。一日中刀を振り、疲れ果て夜空を眺める時にはすっと納得出来るものが浮かびます故。しかし思ったより難しい。山で食った一番美味い物をと思っておりました。5日山で思うものを全て食べたり飲んだりしました。確かに夜に食う焼き魚も溜め込んだ後の女も、水も美味い。だが、こんなの親方様も知っておると思うたので。

信玄

確かに難儀じゃ。言ったは良いが長いこと考えてみると思ったより難しいものじゃ、、、、

というかおぬし一回山降りて女に会っておるではないか!!!!!

昌景

い、一度山を降り、信春も引っ捕えて手伝わせようと思ったまで!!!!しかしおらぬのでせっかくだし酒でも飲もうかと思う折、女子が戦での話しを聞かせろと申すので半刻程語った後、お礼がしたいと言い出して、、、、嫁には申し訳ないが礼と言われると義理が立たぬ故、、、、
結局すっきりしたのでまるっきり信春のことなど忘れて山に帰ったところ信春が川で女子を4、5人侍らせ遊んでおったのです。もっと嫁に申し訳ない男が山にはおりましたぁ!はっはっは!!

信春

この事は何卒、、、お許しを、、、

信玄
あぁもう良い!!!信繁も死んだし甲州諸法度もそのうち書き直すわい!!信繁すまぬ!!!
して、後の5日は何をしておったのだ。女子と遊んでおっただけではあるまい。

信春

このままでは儂も源四郎も山で刀を振って魚食って女抱いただけ。良い考えも浮かばぬとあっては親方様に申し訳ない。しかしとんと何も浮かばない。しょうがないので無心に刀を振っておる折、遠くより煙が立った。

信玄

、、、、野武士か。

昌景

信春は兵と忍を集めに、儂はそのまま煙の元にあった村に走りました。村に着いた頃には一人歩く壮年の男を残して村は焼かれており、錯乱して切り掛かって来たのですが危うい所を信春が呼んだ忍に助けられた。先程使わせた忍の調べが終わりまして、親方様に言上賜りたく存じます。

信玄

忍に規定の金と色をつけて渡せ。では、聞こう。

信春

おそらくまだ村を発見してから計5日しか経っておらず調べが終わっていないというのが問題であろうとは思うのですが、、
賊はいなかったのでは無いか。というより何故こうなったか分からぬと。

信玄

何故。

信春

まず、村の様子が明らかに野武士にしては徹底的過ぎる。人為的かどうかを疑うほどの徹底した"破壊"としか思えない。そう見せられておるのか考えてもおらぬのか。そして男一人。そして村の者を撫で切りにしたにしては死体が少ない。家屋の数と合わぬ。利用価値のある者を死体の数から抜いても足りない。しかし死体の数はしっかりと"家族だ"とでも言わんばかりに何個かにまとめられて燃やされておりました。

信玄

織田、上杉等多大名、武田に恨みを持つ者、の工作か、、?

昌景

結論から申しまして一人の男の自作自演かと。

信玄

つまみなどどうでも良くなってきたな。どこまでが自作自演だ。本当は自分が村人を殺したと?

昌景

いえ、親方様にご裁定頂こうと連れてくる途中白状いたしました。とはいえどこまで信じるかは難しい。明らかに虚言も含まれています。
「村は一から俺が全部建てた。村人にした奴らは適当に攫って殺して燃やした。最初からこうするつもりだった。」
違和感を述べますと家屋も燃えカスではあるがしっかりと作られていることが分かる。
遺体の数が家と合わない。

信玄

して、男はどこに行った。腹を切ったか。どんな様子であった。

昌景

はっ!介錯は信春が。然るべき裁定の後にとも思いましたが、既に罰は充分に受けておるとおもいまして。会ってから死ぬまでずっと酷い泣き方をしておりました。

信玄

そうか、もうよい。どうせ忍もわかるまい。不確定な事が多すぎる。諸大名の仕業であっても計略に付き合いすぎるのも無益。しかし、その者も儂も大して変わらぬな。

昌景

やはり、共に酒を飲みましょう。

信玄

そんな気持ちにはなれんが、お前なりに伝えたい事があるのだな。つまみは何にしたのだ。とんと分からぬ。

昌景

つまみをお見せする前に、もう酒を飲んでしまいましょう。話が思ったより長くなりましてもう我慢なりませぬ。

信玄

ほう、焦らすなぁ。まぁよい。儂ももう耐えきれん。

信玄は10日振りに酒を倉から持ってきた。
戦であったり、評定であったり、何かで長い間酒が飲めなかった時、浴びるように3人とも飲む。しかし今宵はちびりちびりと、しかし各々いつもと違った味を楽しんだ。

昌景

村を焼いた男はずっと何か逃げられぬ物を背負っておった様に見えました。儂がそう捉えたかったのかも知れませぬが。

信春

私には泣いているというより憎しみが見えました。

信玄

そうか。いつも分からぬことだらけよの。

昌景

つまみですが、、、

信玄

何も思いつかなかったのだな。


昌景
酒を飲むといつも心が大きく揺れる。
何も分からず、考える事も何もかも違うのかも知れぬ。俺が持つ言葉に相対する物など無いことの痛みも喜びにも慣れ、何も出来ぬ。というよりする必要もない。縛る物も心でさえ考える事をやめてしまえる。そのような時、生がありありと感じられる。それにしても長く生きて生きて、何度も繰り返して生きる為のことなら少しだけですが上手くなったのやもしれぬ。そうやって皆ここにおる。

信春

俺はあの時自分のために介錯をした。今ならそんな事はしない。しかし俺は殺した。親方様、源四郎。お前たちを感じる。感じておると、やっと確信出来る。

信玄

あの男は自分のためだけに家々を建てたのでは無いのだろう。何人も攫って殺したのではないのだろう。我らの領地で、我らに見えるように動いたのだろう。どのような人生であったのだろうか。

昌景

親方様、俺は死のう死のうらしても一度も死ぬことすら出来ずにここまできた。だが、親方様の前で赤備えを持つなら死ねる。一人では出来ぬ事に向かって動ける。動く先を考えましょう。そして、また酒を飲みましょう。
変わって欲しくない物を約束で引き留めてしまう。諸行無常は変化の過程を戦や休息のように印象付けることなくただ眺め、感じたことをふと振り返ることだ。


信玄

なぁ、源四郎。お主は刀をまだ触れておらんよ。


途端に昌景は刀を抜いた。信春が殴って止め、我に帰り信玄に深々と頭を下げた。落ち着き、頭を上げ信玄を見ると庭先の方を指差していた。いや、指の先はどこを指しているというわけではなかった。昌景は目線をそちらに向けた。

信玄

良い。儂が良くやる事を今から伝える。景色を見るのはお前がやる事の始まりに過ぎん。景色をただ眺めろ。ただ眺める。聞き、匂い、眺め、言葉にできぬ所まで感じられているんだろう。そんなのは後の話だ。まずは見ろ。本当はじっくり時間をかけてだが、まぁしゃあないじゃろう。今は酒が入っていて気分がいい。


一刻程、昌景と信春、信玄はただ何を見るわけでもなく。




よし、目を閉じてみぃ。




昌景は自害した男の血の匂いがこびりついて離れなかった。





少し、草の癖がある匂いがした。




そして刀の鉄の香りが鼻先から、、、
いや、何事!!!!!
驚き目を開けると信玄が鼻先に刀をぴたりと当てていた。


昌景

お、親方様!!!!

信玄

きゃっきゃっきゃっきゃっ!!!、
仕返しじゃ!!笑笑

信春

いっ、痛え!!!!、!
腕切られてんだけど!!!!!!!
親方様!!!!何故私も!!、!

信玄

まぁ良い。また暇な時やってみい。刀を振る時も同じじゃ。今日は話に来てくれてありがとなぁ。好きなだけ酒飲んでいけぃ。信春は傷にもぶっかけて酒飲ませとけよぉ。いやぁ、こういうことするとすげぇやつっぽいじゃろぉ!!!景虎が好きそうな手口じゃあ!!柄にもないわい笑笑
たまにじゃ、たまに。あいつは日がな一日中こんなことやっておるに違いないわい。疲れんのかのう笑笑ほんっとうに川中島は酷かったな!!だが正直楽しかった!!!勘助と信繁の止めに行く顔と言ったらもう、楽しんでおったわぁ!
あかん、泣きそうじゃあ!!!やっぱ朝まで飲むぞい!!!!!!!!





ガチ泣きしながらちびちび飲んでいた。昌景も信春も信玄もまた酒を飲もうとは何故だか言わなかった。


 そしてふと馬上で顔を合わせる。お互いの顔つきが変わっていて、しかし語らずとも考えていることも違えど目線も感じているものも違えど、それだけで生きていけるのであった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?