科学と芸術。

六本木、森美術館。
やってますね。
「未来と芸術展」。

これちょっと僕的にかなり当たりで、
面白かったのでおススメしておきます。

どういう内容かというと
まぁそのまんまですが、
「こんなこといいな、できたらいいな」という。

根拠のあるドラえもんの世界。

一歩進んだ藤子不二雄ミュージアム。
そこまで行くと怒られるな。



ところで「科学」と「芸術」って、相反するものみたいなイメージありません?

バッチバチに火花飛んでる感じ。

「わしら科学はお前ら芸術がやってるお遊びとは訳が違うんでぇ、帰んな!!」

みたいな。

「けっ、科学様は感情がねえんだ、エモがねえんだっぺさあ!」

みたいな。






あれ違う!?僕だけ!?

まあ一般的な概念としてあると思うんです。僕だけかもしれませんが。

その科学と芸術が手を結んだぞ!!っていう、ダウンタウンととんねるずが番組やるってよ!!みたいな、そんなキャッチコピーを感じました。


でも、時代遡っていくと、
科学と芸術って同じじゃないの?って私は思うわけです。

というか今も同じなんだけど、

「科学で補えないところを芸術でカバーしている」みたいな。


昔は医療技術なんて発達してない訳ですよ。あるのは民間療法だけ。

じゃあどうやってなんとかしてたのかっていうと、宗教画で神様を絵に描いたり、仏様彫ったり、それに加持祈祷なんかしちゃったりしてるわけです。

それが芸術の役割で、昔の人からしたら無くてはならないものだった。今の科学がそうであるように。

今ってさ。

もう結構科学が進歩しちゃってるから、芸術あんまり必要なくなってるじゃないですか。

もちろん今となっては芸術も多様化しまして、これだけの役割ではないことを言っておきます。
「芸術のための芸術」という運動が起こった昨今でもあります。

しかし立場が、今や科学の方がうんと上になってしまった。
日本という国は科学にお金を出して、芸術にはあんまり出さなくなってしまった。(科学研究にちゃんと金出してるかっていうとまた疑問だけども。。)

先の愛知トリエンナーレで国の補助金で揉めた、みたいなこと科学じゃ起こらないと思うんですよ。

…だいぶ逸れましたが、

この展示は、私の思う元々の芸術の意義に沿ったようなものだと私個人感じたのです。


科学が追いつかないこと。

それは、未来のこと。

未来なんていうのは「〜だろう」なんて推測しかできないわけで。断定できるならやっちゃってるんだから。
その推測の段階で人様の前に出すなんていうのは科学としてあってはならないことで。

でも、芸術はその遊びが許される。

というので、ドラえもんの世界をもう少し掘り下げたものがたくさんあります。

未来と芸術展、おススメですどうぞご贔屓に。。

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