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あなたは芸術家に向いている?

自分が何に向いてるかどうか考えたことあるでしょうか。

例えば野球選手
野球くらいどこかで一回くらいやったことあるでしょう。
その時わかったはずです。「あ、向いてる」「ダメだ向いてない」

向いてると思ったらそのまま続けるでしょう。
野球部入るとかね。
向いてなけりゃそれっきりですよ。
野球部入った人だってそのうち大半は「俺はプロにはなれない」と思って諦めるでしょう。

普通向き不向きっていうのは意外にも明確に基準が存在するんですよ。
バッターだったら何割打ってるか。ピッチャーだったら何割三振取ってるか。
全部数字に出るんですよ。

ところが芸術というのはそうもいかない。

特に我が国、日本という国の中では。

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まずお聞きしたいのは「芸術」というのが
あなたにとってどう定義されているかです。

質問「芸術ってなんですか?」
答えてください。
答えたら、下を読んでください。




あくまで僕の定義の話になりますが、芸術はコミュニケーションツールです。
コミュニケーションを取るためのものです。

え?と思う人いるでしょう。
だって芸術ってよくわからない訳わからない伝わらない。そうでしょ?
でもコミュニケーションツールなんです。

貴方は一回くらいこういうことを思ったことがありませんか?
「どうしてもこいつに気持ちが伝わらない!」
イライラしますよね。
俺の本当の気持ちに気付いてくれ!!って。
でも言葉にしても伝わらない
そんな時あなたはどうしますか。

大体の人は諦めますよね。
話の通じないやつに延々構ってるほど暇ではありません。
通じるやつを探しに行きますよね。

…本当にそれで良いんですか?
違う方法でアプローチすれば伝わったかもしれない。
絵に描いたら伝わるかも。身振り手振りなら伝わるかも。あるいは暴力で伝わるかも。
こうやって考えたんなら、それは芸術なんですよ。


言葉で満足していれば芸術家には向いていない。

ホモサピエンスは言葉を武器に発達して来た歴史があります。
言葉でコミュニケーションを取る、連携を取れる、気持ちを共有できる。だから人間はこれだけ発展してこれたんです。
言葉は人間がみんなで作り上げた大芸術ですよ。

でも、もし言葉でも伝わらないことがあるなら?
それを伝えようとするには芸術しかないです。
芸術、と言葉にすると誤解を生むのかもしれません。
言葉以外のコミュニケーションツール」と言ったら良いのかな。でも長いから、「芸術」と短くしている。
それはもう一度ジャワ原人やらアウストラロピテクスに戻るということ。
ホモサピエンス以外の類人猿は我々から見たらみんな芸術でコミュニケーションしてますよ。
オスがメスを誘う時なんか顕著ですよね。ダンスしたりメイクしたりね。
あれ、意外と我々と似てるのかもしれません。
「俺がお前をどれだけ好きなのか」という気持ちは、言葉だけじゃ伝わり切れないからかもしれませんね。
ちょっぴり攻めたファッションに身を包んでみたり、さりげなくボディタッチしてみたり、表情をうっとりさせてみたり。勝負下着なんていうのもありますね。
全部コミュニケーションですよ。
芸術です。
歌やポエムを送るのも半分芸術です。
みんな知らずのうちに芸術やってるんです。

話が逸れましたね。
芸術家に向いてるかどうかって話でした。

じゃあ芸術家に向いてるかどうかはどう判断すれば良いか。

あなたが芸術家に向いてるか判断するには二つ

①理解されなくていいと思ってるか


これはないと思います。人間だもの。みつを。
コミュニケーションをどうやったって取らないと死にますから。
本当に誰にも打ち明けずにやってる趣味とかってあるんですかね?
インターネットが出てきて裏垢とかで理解者を探していると思います。

②言葉で満足にコミュニケーションできてる


こっちが主じゃないんでしょうか。
僕は割と満足してるのであんまり芸術向いてないんです。
言葉で充分に伝わってると思ってますよ。
今もね。
これを読んでる貴方に対しても思ってますよ。

言葉は良いですよ。
長年の歴史で蓄積されたデータ、研究もある。
安心安全、安定したツールですよ。
言葉からコピペしちゃえば伝わるんです。
プログラミングでもそうでしょ。
ひろゆきが言ってますね。
「既存のプログラムをコピペしちゃえば良い。自分で作るのは面倒」って。
それを一から自分で作るのが芸術なんですよ。
でも大抵言葉には勝てませんよ。
そのツールがどういうものかまず説明しないといけないんだから。文法とか語彙とか。
その後に言いたいことを伝えるんだから。
面倒でしょ?
言葉はみんな知ってるから前置き無しで核心が言える。

じゃあなぜ僕はたまに芸術をするのかというと、
これは遊びみたいなものです。

言葉でも行けるけど、あえて縛っちゃう。
なんでこんなことするかと言えば、「だって言葉も嘘なんでしょう?」と思う時があるから。

言葉なんて「嘘」

君たちは今この文を読んで理解してますな。
本当に理解しているか?
考えたら不思議です。
ここには記号を羅列してるだけだ。
誰かが作った記号。
それをあなたが読み取って頭の中で解析している。解凍している。
不思議でしょう。
僕の頭の中のフワッとしたものを、文字という別物に置き換えて、またそれをあなたの中でフワッとしたものに変換している。

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ただ一回別物にしてますから、僕の頭の中のフワッとしたものと、あなたの頭の中のフワッとしたものは別物です。
そうでしょう?
それで貴方は分かったつもりになってる
本当は直接プラグを脳に繋いでやりたいですよ。
それは無理。
わかりやすい例で言うと英語の翻訳ですよ。
英語をいちいち日本語に置き換えて理解していると、頭がおかしくなってきません?
直訳してもよくわからないでしょ?
それをまた頭の中で辻褄を合わせて理解してるんです。
それが面倒になると、英語を英語のまま理解するようになります。日本語なんか仲介するの面倒ですから。
だから、本当はこんな文字に変換するの嫌なんですよ。その時点で嘘になっちゃうから。
脳プラグ繋げたら良いのにな。

まあ、そんなことをしばしば私は考えるのです。
会話なんて、繋げてるように錯覚してるだけですよ。
繋がってると錯覚している。

A「マリトッツォってのが動物園から火炎瓶持ってトンズラこくとどうなるんだい?」
B「逆立ちして寝小便たれながら雲の上で国会議員を選別するんじゃないか。」

こういう会話があったとして。
貴方の頭の中に何が浮かんだかは知りませんが、無理やり繋げたんじゃないですか?
本来繋がらないものを。

ほら、こんな考えに至ると会話できないでしょう。
普段考えないようにしてるのに。
ほら。
言葉なんてこんなもんですよ。

貴方も芸術したら?

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