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日本の産業技術力の底上げにつなげたい。NEDOの研究開発型スタートアップ支援とは

新しい技術シーズを育てるために、民間だけではなく、国からの支援も進んでいます。経済産業省所管の国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)も、スタートアップ支援を手がける機関のひとつです。

NEDOの吉田剛さんに、NEDOが手がける「研究開発型スタートアップ支援事業」の仕組みや、現在の課題、今後の展望やTEPとの連携の可能性についてうかがいました。聞き手はTEP代表理事の國土晋吾です。

国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
イノベーション推進 部長 吉田剛様
1991年 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)入構。 スタンフォード大学客員研究員、早稲田大学国際経営学専攻MOTプログラム経営学修士等を経て、2008年から3年間 NEDOニューデリー事務所長。その後、スマートコミュニティ部主幹、総務課長、イノベーション推進部スタートアップグループリーダー、2019年7月からイノベーション推進部長に就任。

NEDOの概要や団体の歴史

TEP・國土:NEDOについて概要を説明いただいてもよろしいでしょうか。

NEDO・吉田さん(以下、NEDO・吉田):設立は1980年です。前身は新エネルギー総合開発機構という団体でした。73年と79年のオイルショック後、石油に代わる代替エネルギーの開発を目的に設立されたのです。その後1988年から産業技術に関する開発・支援も担うようになり、現在のNEDOへと移り変わりました。

TEP・國土:事業内容と予算の内訳も教えていただけますか。

NEDO・吉田:NEDOのミッションはエネルギー・地球環境問題の解決、産業技術力の強化であり、研究開発型のスタートアップ企業の育成も柱として掲げております。

エネルギー・地球環境問題事業だけで1,000億円の予算をとり、産業技術力の強化に450億円、スタートアップ支援に66億円の予算を確保しています。スタートアップ支援は全体的な割合からみると少なく感じるかもしれません。しかし、日本経済の産業構造や世界情勢の変化を踏まえ、政策的にもスタートアップの育成支援に積極的に取り組んでおります。

図1

2,172社の研究開発型スタートアップを支援するNEDOの支援体制とは

TEP・國土:研究開発型の起業支援と、資金調達の実績を教えていただけますか。

NEDO・吉田:1995年から20年以上に渡り、研究開発型のスタートアップや中小企業支援をしており、2019年度までに2,172社の支援実績に至っています。

また、2014年から2019年度までNEDOとして93.4億円の資金を投じました。その結果、NEDOの支援先の事業者に対して民間からの投資が576億円ありましたから、レバレッジとして約6倍以上あったということです。

スタートアップ支援には「NEDO Technology Commercialization Program(TCP)」「NEDO Entrepreneurs Program(NEP)」「Seed-stage Technology-based Startups(STS)」「Product Commercialization Alliance(PCA)」の4段階のステップがあります。ステップが上がるほど助成額が大きくなります。NEPタイプAで 500万円未満、NEPタイプBで3,000万円以内(定額。消費税は自己負担)、STSで7,000万円以内若しくは2億円以内(助成率2/3)、PCAに至ると2.5億円(助成率2/3)となります。

図2

TEP・國土:スタートアップ企業の支援を始めようとしたきっかけはあるのでしょうか。

NEDO・吉田:2013年に「日本再興戦略」にかかる閣議決定がありました。「イノベ戦略」とも言われるこの決定を受けて2014年の予算要求があり、研究開発型スタートアップ支援事業を始めました。

翌年、技術シーズの迅速な事業化を促す方向性が示され、そのためにシーズを持っている大学発のスタートアップを国が支援していくと改定されています。スタートアップの早い動きにあわせてしっかりと支援していくという国の意思表明です。

TEP・國土:NEDOが支援するのはTCPやNEPの段階ですが、その段階で支援する人や企業はなかったのでしょうか。

NEDO・吉田:TCPやNEPといったシードの段階で特にハードを作る企業への支援はなかなかありませんでした。ハードを作るには時間と設備を要するためリスクも高く、政府支援も民間資金も少なかったですし、ソフトのシリアルアントレプレナーはいましたが、機械や材料を作る企業に対してアドバイスする人たちも少なかったですね。

ビジネスプランから技術シーズの事業化までを支える4段階プログラム

TEP・國土:NEDOの支援は具体的にはどのような内容なのでしょうか。

NEDO・吉田:NEDOの活動内容は法律で定められており、鉱工業技術に関する研究開発を助成することが明記されています。研究開発を行う企業、または研究開発を始めたスタートアップなど、いわゆる「研究開発型」の企業を支援しています。

NEDOでは前述の通り、4段階の仕組みを活用してスタートアップを発掘、支援しています。

まず「TCP(Technology Commercialization Program)」という段階で、ビジネスプランの作成研修を受けていただきます。実際にビジネスプランを作成していただき、それぞれの企画につけたメンターよりアドバイスを受け、ブラッシュアップします。その後、NEDO独自のビジネスコンテストでブラッシュアップした事業企画を提案して競ってもらいます。

この研修に参加するのは多くの大学の教職員、またはアイデアを持つ起業家候補です。また、このビジネスコンテストではVCや投資家の方々に審査されます。魅力的な事業企画であれば、次の段階で資金面での支援を受けられる可能性が広がります。

ビジネスコンテストを勝ち抜いた企画は、次の段階の「NEP(NEDO Entrepreneurs Program)」と呼ばれるステージへ上がります。ここは実際にお金を支援してもらいながら製品を作り込んでいく段階です。NEPの支援ではカタライザーによるメンタリングを受けながら、PoCやプロトタイプを短い期間で作り、さらにブラッシュアップしていきます。実際にそれらにかかるモノやサービスを作る段階で資金支援とともに人的な支援をしているという形です。

NEPの段階ではサービスやプロダクトはPoCの域を越えません。技術シーズの手前で小さなPoCを繰り返して評価を受け、投資家からの資金調達を獲得するのが理想形です。この段階でプロダクトは次のフェーズへ移ることになります。

次の「STS(Seed-stage Technology-based Startups)」のステージまで上がると、サービスや製品の事業化に向けた本格的な開発段階です。NEDOとVCによる協調支援が特徴で、研究開発にかかる費用の3分の2をNEDOが助成し、3分の1をVCが出資するというスキームです。また、助成対象者について事業実施前にVC等から資金調達した額が2億円までとの制限を設けることで、成長の途上にあるシードステージの人たちをしっかりと支援するような仕組みを構築しています。また、NEDOとともに協調支援するVCを認定する制度も作りました。ソーシングの能力があるか、ハンズオンの能力があるかなどを評価します。

これまでのステージによる技術シーズの強化を経て、最終段階では「PCA(Product Commercialization Alliance)」として、技術シーズの事業化へ向けた取り組み支援を行っています。この制度は、事業化に向けて量産一歩手前の開発支援や、サプライチェーンのどこかが欠けているため、足りないところは事業会社と連携してさらなる成長を遂げようとしているスタートアップを支援するものです。

TEP・國土:NEDOさんはこのすべてのステージにおいてご支援の活動をされているのですね。

NEDO・吉田:公募において採択されると進捗管理なども含めていろいろなお話を聞かせていただきますし、事業が終わった後も出展やイベント参加等へのお声かけをさせていただくこともあります。

ただ、NEDOの接点は研究開発の部門だけなので最初のワンポイントです。支援後の課題やニーズに合わせて、JETRO(独立行政法人日本貿易振興機構)や中小機構(独立行政法人中小企業基盤整備機構)につないで課題の解決まで支えています。

TEP・國土:NEDOによるシームレスな支援の実績はどのような企業があるのでしょうか。

NEDO・吉田:これまでの支援企業の実績は図にある通りです。これまで支援してきた事業のうち、36件が複数の事業を活用いただいています。

スライド1

TEP・國土:当初支援を始められた時に比べ、最近10年間で研究開発分野の傾向はどのように変化されたと感じていらっしゃいますか。

NEDO・吉田: 2019年度には3Dプリンタを活用した義足開発の会社インスタリムや元ソニーの技術者が創業したロボット義足スタートアップのBionicM(バイオニックエム)がヘルステックの分野で際立っていました。2020年度はフードテックが増えましたね。そういう意味ではSDGsを意識した技術開発も増えてきたと感じています。

TEP・國土:SDGsのようなトレンドに乗っている会社が増えているのか、それとも選定される段階で「今年はこのような技術が増えてきているから採択しよう」といった意思決定が入るのでしょうか。

NEDO・吉田:どちらかと聞かれると、前者ですね。採択する立場から申し上げると、毎年この分野を重点支援しようということは意識していません。たくさんご応募いただく中で横並びに見た時、誰が一番成長の可能性がある分野かという観点で判断しています。マクロ的ニーズやそれを支える消費者やサプライチェーンの動向をミクロ的に分析し、それらが市場に揃ったと判断した事業が採択されています。

TEP・國土:今後注目している事業やマーケット、ターゲットはありますか。

NEDO・吉田:ともかく今は新型感染症の対策が急務です。実際、経済産業省も第3次補正予算の中で本関連の予算をNEDOに付けており、「経済構造の転換に資する スタートアップの事業化促進事業(TRY)」を立ち上げました。コロナ禍以降の社会構造の変化をチャンスと捉え、果敢に挑戦するスタートアップを支援します。リモートを支えるようなテクノロジー、ロボティクスなどが一番わかりやすいかもしれません。ほかには、メディカルの効率化、非接触技術など、やはり大きな課題を解決する技術開発がフォーカスされていくのではないでしょうか。

TEP・國土:NEDOと地域との連携についてもうかがいたいです。

NEDO・吉田:NEDOのTCPを活用して、地域連携を図りたいと考えています。NEDOが各地のビジネスプランコンテストの審査員に入り、NEDOが支援する研究開発型を志向するアイデアをリクルートして、TCPへの参加を誘導するなどを行っています。このような活動を通じて地域にもリーチした支援が求められていると感じています。

TEP・國土:TEPもEDGE-NEXTのメンターなど大学などへ派遣も行っていますし、大学や各行政機関とのつながりもあるので、ディープテックのコンテスト開催などを一緒に企画しても面白いかもしれません。

オープンイノベーションは、リーダーシップと適切なマッチング

TEP・國土:NEDOのオープンイノベーションの取り組みを教えてください。

NEDO・吉田:2015年2月にオープンイノベーション協議会を設立しました。世界中でM&Aが活発に行われており、成長していく企業がたくさんあります。スタートアップの活力を取り入れて、大企業の活動がもっと活発になってほしいと思い、立ち上げた協議会です。

ほぼ同時期にベンチャー創造協議会が設置されたのですが、2017年3月にオープンイノベーション協議会と合併して現在オープンイノベーション・ベンチャー創造協議会(JOIC)となりました。

TEP・國土:オープンイノベーションの現時点の課題はありますでしょうか。

NEDO・吉田:首都圏の大企業はオープンイノベーションの重要性に気づいているのですが、地方に目を向けるとオープンイノベーションに着手していない、あるいは聞いたことがない企業もまだ多い。地方経済を支える中堅、中小企業にも普及していきたいと考えています。

TEP・國土:オープンイノベーションは我々も試行錯誤しながら進めています。TEPとしてももっと推進したいテーマですが、スタートアップ側だけではなく大企業側にも問題があるように感じています。

NEDO・吉田:おっしゃるとおりですね。なかなか経営者のマインドセットや企業カルチャーとしてオープンイノベーションを受け入れがたいという企業も少なくありません。経済産業省でオープンイノベーションのガイドラインを用意しているので、現場の方々に活用いただいて、どんどんオープンイノベーションを進めてほしいですね。

TEP・國土:NEDOではシリコンバレーへテック企業やスタートアップを派遣されているとうかがいました。

NEDO・吉田:NEDOはシリコンバレーに現地事務所があります。希望する企業をそちらにお連れして、投資家やテック企業の前でプレゼンテーションしてもらったり、その前後のプロセスを学ぶ機会を設けたりしています。特にビジネスコミュニケーションは日本流と米国流ではスピード感が違いますよね。基本的なビジネスマインドからシリコンバレーで勉強、体感してもらいます。

TEP・國土:シリコンバレー研修を経験すると、どんなメリットがあるのでしょうか。

NEDO・吉田:皆さん異口同音におっしゃるのは「外の世界を見られてよかった」ということですね。研修に参加する企業は投資家からすでに投資を受けている企業が多いのですが、スピード感や規模感、プランの練り方など、特にシリコンバレー界隈でメンターアクセラレーションの経験が豊富な方と触れ合えるので、そこから得るものが非常に多いです。

TEP・國土:政府系のスタートアップ支援についてもうかがいたいです。

NEDO・吉田:政府系スタートアップ支援機関との連携は、2020年7月に、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)、独立行政法人国際協力機構(JICA)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(NARO)、独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)および独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)の9機関が、協定を締結しました。

現在はNEDOがワンストップ窓口となり、スタートアップ企業から助成金や経営の相談を受け、その相談に沿って各機関を紹介しています。例えば経営相談は中小機構へ、海外展開を考えているならJETROへ、と相談内容に応じて支援機関の紹介をしています。

図3

TEP・國土:研究開発のエコシステムが変わってきた印象はありますか。

NEDO・吉田:変わってきた実感はあります。

昨今でわかりやすいのはAIやドローンといった新しい技術ですね。一例ですが、建築車両メーカーのコマツは、建設現場の合理化を図るため、建設現場でドローンの3Dマッピング技術を取り入れています。ただしコマツ自身はドローンを持っていないし、3D マッピングの事業部署もないため、ドローンを得意にしている外部企業と協業しています。オープンイノベーションであり、スタートアップと連携した良い一例です。

他にもプラントメーカーでAIを活用してプラントの操業状態データを調べるといったケースもあります。特に直近10年で出てきた最先端のテクノロジーに関しては、外部の企業と連携して事業展開したほうが圧倒的に早いですからね。

しかし、大企業側にレセプターがない、つまりスタートアップに関する理解や受容性がなく、スタートアップとの連携に苦労されているケースも少なくないようです。

TEP・國土:その点は私も聞いています。大企業ほど情報に鈍く、技術を持っている企業から大企業へ声をかけるだろうと構えている節もあります。大企業が、良い技術を持った企業の情報収集を本気でやれば、日本はもっとオープンイノベーションが進むと思うんですよね。

どうすれば日本のディープテックはグローバル展開できるか

TEP・國土:どうしたらディープテックの小さな芽を持つ日本企業が、グローバルに広がるようになるのでしょうか。

NEDO・吉田:直近でいい傾向だと感じているのは、評価額や資金調達額がかなり大きくなってきていることです。事業会社を含めてオープンイノベーションが少しずつ浸透してきたのだと思います。

今後、成功事例が増えていけばより注目していただけるはずです。もう少し時間がかかりそうですが、今はその途上にあると考えています。

TEP・國土:私も同じ意見ですね。成功事例を増やしていくことはやはり重要です。

TEPでも小さなPoCに対してお金を出しています。累計で2億円強程でしょうか。しかし、そのお金を出した企業がVCから100億円もの資金を集めています。「彼ができたなら私もできる」といった風土をつくっていかなければならないと思っています。

ただ、課題に対して格安で人材を紹介するような手法では長続きしません。

NEDO・吉田:まさしく経済産業省でも、スタートアップの人材不足という課題を認識しています。大企業にはスタートアップの経営者や幹部になりうる人材が多くいるので、いかにその人材をスタートアップへ送るか、流動性を高めていくか、といった取り組みを開始しています。

経営人材の確保の難しさは深刻な課題と思います。特に地方を中心に大学発のテック系スタートアップに良い技術シーズがあったとしても、人材はやはり首都圏に集まっています。この人たちを地方へ派遣するのはなかなか難しい。リモート技術を活用しながら首都圏にいても地方のスタートアップのサポートができないかとも考えていますが、具体例がないのが実情ですね。

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日本の産業技術力を底上げするスタートアップ支援

TEP・國土:NEDOの今後の活動目標を教えてください。

NEDO・吉田:NEDOの目的は研究開発型のスタートアップの創出や技術シーズの社会実装です。関わっている企業を支援し、スタートアップを取り巻く環境をこれからも支えていきたいです。日本全体のオープンイノベーションへの理解が深まり、具体的なアクティビティが多くなって、成功事例がたくさん出てくることを目指しています。

誰かの課題を具体的に解決するのが研究のシーズであり、それをテクノロジーで解決するのは魅力と夢があります。ホンダのスーパーカブやハイブリッド車などストーリのあるモノづくりは誰が見ても魅力。誰かの課題を解決するモノがやがて大きな産業になるということのお手伝いができればと思っています。

それが国際的な産業競争力につながり、日本の力そのものになります。テック系のスタートアップの方にはぜひ、NEDOのワンストップ窓口を活用いただき、一緒に日本の産業技術力の底上げをしていければと思います。

TEP・國土:今後も共に国内のディープテック・スタートアップ市場を盛り上げていきましょう。本日はありがとうございました。

(取材日:2021年1月)

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