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今生きてるこの世界は全部私の見てる夢だったりする?

今生きてるこの世界は全部夢の中の話で、本当の自分はずっと植物状態で眠っているんじゃないか、そんな事をふと考えて不安になるような子どもでした。想像力だけは一丁前なガキだったので。

今回は子どもの頃に考えた『夢』についてのお話を書こうと思います。予め言っておきますが科学的根拠だとか、そういう難しい話ではないのでゆるく読んでいただけたら何よりです。



今も昔も私は夢をよく見る体質で、昨日の夢の続きを見ることもあれば、何度も夢が変わって3本くらい一気に見ることもしばしば。

楽しい夢なら別にいいんですけど、一番厄介なのは起きた後もここは夢なのか、それとも現実なのか、それがわからなくなって混乱する夢です。

小学生の時に見た夢の話ですが、なぜか親に見放されて見知らぬ人達に引き取られました。何度も両親にしがみついても宥められるだけで連れて帰ってくれそうにない状況を察した私は泣きそうになり、思わず……と、そんな時に目が覚めました。夢ってのは『これからどうなっちゃうの!?』って時に目が覚める運命なので仕方ないです。
話を戻しますが、焦って飛び起きた私はふと周囲を見渡すも、隣で寝ていたはずの妹の姿はなく、1階へ降りても誰の姿も見当たらず…もしかして本当に捨てられたのではないかと悲しくなって泣き出しそうになりました。しかし、ふと冷静になった私は「いやあれは夢だったはずでは…?」とさらに混乱状態に陥り、夢か現実か状況を把握するのに数分かかりました。

こんなにも現実に近い存在であって遠い存在、『夢』をよく見ていた私は、幼いながらに『夢の世界』は本当に存在する異世界で、眠っている時だけ遊びに行くことが出来る空間なのではないか!?と、オカルトチックな見解を持ち始めました。(念の為もう一度言いますが、幼い頃の話です)
そうなると、自然の流れで私のいる世界はどうなんだろう?って考えるわけです。もしかして私のいる世界も誰かが『夢』のゲートをくぐって遊びに来ている可能性もある…。それじゃあこの世界もひとつの異世界なんじゃ…。幼い頃の私にとってこの説はめちゃくちゃでかい発見となりました。

『夢』と異世界説を発見した幼き子どもはそれと同時に、一抹の不安を覚えます。

「じゃあもしここが異世界だったら私はずっと寝てるってこと?本当に私の住んでいる場所はここじゃないのかも」

それが冒頭で書いた『この世界は植物状態の私が見ている夢の世界』説です。

大人になっても夢を見続けて、楽しい思いや怖い思いをしながら目を瞑っては起きて、すぐにスマホで『夢占い』を検索してほくそ笑む日々です。
夢ってのはここ最近の記憶や健康状態が影響しており、映像として映し出されているのは脳の記憶整理…みたいな話を聞いたことがあるのですが(間違ってたらごめんなさい)、でもあの頃に考えた異世界との繋がるゲート説の方がなんだか楽しそうでいいなと思い、何も考えずnoteに書き綴ってみました。

オチとか特にないけど、そんな事を考えながら今日もどんな夢を見るかな〜とか呑気に考えながら眠りにつこうとおもいます。おやすみなさい。

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