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労働学生生活(インターン)~1歩は1メートル

2月から市役所でインターンを始めたと書いた。

私の中の当たり前をおもしろいぐらいに次から次へとぶち壊してくれるインターン先に驚いた日から、早くも1か月半が過ぎた。

私をトイレに迎えに来てくれた松さん、そして、松さんの直属の上司(私のインターン先のチューター、山さんとする)にはとてもよくしてもらっている。

2人は私の研究テーマに関連する記事やニュースをいつも送ってくれる。

松さんは「唐草、オレンジ食べる?」と毎回聞いてくれる。

山さんは、私がボカディージョやビスケットを食べていると、「いい子!」と言う。

そんなインターン先での日々は毎日が驚きの連続だ。
このあたりで一度振り返っておこうと思う。

15人の円卓会議

先月は、Mesa redonda(円卓会議)があった。

関連部署から15名が集まる。

「まずは唐草から話してもらいます!」

松さんが話し出した。

具体的に何の会議かいまひとつわかっていない私は、簡単に挨拶をする。

すると、せっかくだから修論のテーマについて話しなさいと山さんが言う。

昔の私だったら、スペイン語にいまいち自信がないから適当にごまかしていたように思う。

しかし、ここスペインでは、

とりあえず話さないと何も始まらない。

今あせったところで、スペイン語も私の話術も天才的になどならない。

まあ大体のことは何とかなる。


そんな風に思うようになってから、
つまり、開き直るようになってから、
ずいぶんと楽になった。

また、遠回りしながらでも、自分の言いたいことの80%ぐらいは何とか言えた(ような気がする)ときは嬉しい。


最近は麦茶を持って行っている


そんなことより、何がすごいって、この会議だ。

さっきから皆が同時に話している。


円卓会議なので、自由な意見交換は必須だろうが、同時に10人以上が話すとは思っていなかった。スペイン人は相手が話していても構わず自分の言いたいことをかぶせて話すことが多いが、会議でもこうなのか。

私はどこをそして誰を見たらいいのかわからない。

声の一番大きい人だろうかと思うが、話のかぶせあいがすごいので、皆の声がだんだん大きくなっていく。
もう叫んでいるようにしか見えない人もいる。

呆気にとられていると、隣にいた唯一の男性が私を見る。

「こうなんだよ、いつも……」

彼だけがさっきから一言も発していない。


そして、皆あんなにかぶせまくりだったが、会議の終わりになると、決めなければならないことはちゃんと決まっていた。

どうやって?

私にはさっぱりわからない。

「かわいそうに。この子、初めてなのに何もわからなかったんじゃないの。私たちこんな同時にあんなスピードで話したから」

口が半開きになっていた私を見て、参加者の1人が言った。

「大丈夫よ、この子のアンダルシア弁聞いたでしょ」

初めてジェットコースターに乗った後のような気持ちで会議室から出ると、山さんが言う。

「さあ、テストよ、唐草!あなたが今の会議で何をどれだけ理解したかテストするから!」

松さんが隣でげらげら笑っている。

アンダルシアってやっぱりすごい。


イースターですね。
なんかこれもすごい。

アンダルシア田舎版、平面図のかき方

近々、市民を対象にしたイベントがある。
私もその準備を手伝うことになり、ポスターやパンフレットを作っている。


先日は、イベント会場の広さを調べて図にするよう言われた。

わかりましたと引き受けた後で、この会場は市の管轄であることに気が付いた。

となると、私がわざわざ作図しなくとも、会場の図面は市役所が管理しているはずだ。

そう思って、松さんに聞いてみた。


「それがさ、前任者が捨てちゃったみたいなのよね。だから、唐草もう一回作って」


捨てる……

気をとりなおして、その会場となる公園に行くことにした。

しかし、平面図をつくるといっても、どうやって計測しようか。

遊具と建物の間の距離も調べる必要があると聞いている。

せめて、メジャーでもないだろうか。

そんなことを思った昭和な私は、松さんに聞いてみた。


「メジャー?ないない。大丈夫、足があるから!」


私の嫌な予感は的中した。

以前、ピソを購入するときに、部屋の間取り図を出してほしいと言うと、不動産屋さんが歩いて計測し始めたのを思い出した。

今回も歩数で公園の広さを調べるのだ。

1歩は1メートルよ。歩いて計算してきて!」

「1歩が1メートル……」

「そうよ!簡単でしょ」

「ブースがいくつ入るか知りたいので、きっちり測りたいと先ほどおっしゃっていませんでしたか。1歩が1メートルの計算では、ずれが出てきそうですが」

「いいのよ!大体で!」

「そうですか。すみません、つい日本の私が出てしまいました。ここは、スペイン流でやってきます!」

松さんと私のやりとりを聞いていた真さんが笑う。


「昔はね、いや今もよね、生地を買いに行くときに腕の長さイコール1メートルってお店の人がやってたのよね。だからほら、これでウンメトロ(スペイン語で「1メートル」)!!ぎゃはは!!!」

そう言って、真さんは弓を引くような恰好をし、ウンメトロ!、ウンメトロ!と叫ぶ。

そうなったら、私も真似するしかない。

ウンメトロ!ウンメトロ!

ぎゃははは!!

ウンメトロ!の合唱が午前中の市役所にきんきんと響く。

それ以来、真さんと顔を合わせるたびに、ウンメトロ!の挨拶が恒例になってしまった。

私は市役所で何を学んでいるんだろうか。


イチゴ味、日本にもあるでしょうか

いざ、実測


その日は、公園にある建物の中も計測するため、松さんが鍵を持って一緒に来てくれた。


「いくわよ!いち!、に!、さん!、しー!、ごー!」


いよいよ、私たちの徒歩計測が始まった。

歩き出してすぐに気づいたが、松さんと私では歩幅が全く違う。

それもそのはず、松さんは歩くというよりも、かなりの大股で行進しているからだ。

真顔のままではついていけない。

私は早々に諦め、松さんの叫び声を聞きながら歩数を書き込んでいく。

公園の右側は84歩、つまり84メートルだった。

公園の左側も同じ長さのはずだが、松さんは念のため測って(歩いて)みることにしたようだった。

松さんの歩数を数える。

68メートルだった。


84メートルと68メートルは全然違う。


「松さん、歩数ではやっぱりきちんと測れないんじゃないでしょうか。右側と左側は同じはずなのに全然違います」

「まあいいわ!ほら、左には木があるしね。84メートルにしておきましょう!」

ちなみに、建物の入り口は外側が4メートル、内側が5メートルになった。どう考えてもおかしいが、たかがインターンの私はこれ以上あれこれ言うまい。それぞれ4メートル、5メートルと書き込んだ。


そんなことをしている私たちに、近所のセニョーラが話しかけてきた。

「何が始まるの?」

松さんが来月のイベントについて説明し始めた。

その間に私も念のため公園の右側を歩いてみると、軽く90メートル以上あった。

なかったことにした。

全ての場所を歩数計測し、私は市役所に帰ってからデータにおこした。

来週は、その歩数計測図をもとに、ブースやステージをどこに設置するかを決める。

無事に全てのブースが入るのかということと、市役所の皆さんが来年以降もこの歩数計測図を使い続けるのかと思った瞬間、いろいろな感情で鼻の穴がひくひくした。

アンダルシアマジックは続く。

ウォーキングコースの下見


そのほかに、市民の健康促進のためのウォーキングイベントを始めることになった。

その準備として、松さん、私、テクニカル部門の海さんがコースチェックに出かけることになった。

海さんは別の建物で働いているため、車でこちらまでやってきた。

1時間半で行って帰ってこられるコースを決めるらしい。

歩数を計る必要があるため、松さんと海さんが携帯のアプリをセットする。

目標は1万歩らしい。

談笑しながら歩く。
プロジェクトのこと、この町のこと、コースのこと。

子どもから高齢者まで参加するイベントなので、なるべく平坦な道がいい。
そう言って、松さんは道路の段差や舗装具合をみている。

松さんは歩くのが速い。大きな声で話しながら、すたすたと前をゆく。
スニーカーの私は松さんの少し後ろをゆく。
海さんは普段あまり歩かないようだ。息が少し上がっている。

40分ほど歩いただろうか。

セントロの広場まで来ると、少し休憩をしたいと海さんが言った。

歩数を確認すると、松さんは6000歩ちょっと、海さんは4000歩ちょっとだった。
そんなに違うものだろうか。

「よく考えたらこの電話壊れてたわ。ちゃんと計れてないかも!」

松さんが笑う。


「もう私はここでいいわ。後は2人でやって」

海さんは疲れたようだ。このまま事務所に帰ると言う。

しかし、海さんは市役所に車を置いてきている。

「いいの、後から取りに行くから」

そう言った海さんに別れを告げた後、松さんが言う。

「海ったら、絶対あれ自分で歩いて取りにいかないから。ご主人に取りに行かせるつもりよ」

健康促進イベントの実施メンバーがコース完歩できないというのは、イベントとして大丈夫だろうか。

海さんが夕方には無事に車を取りにいけていますようにと願いながら、来た道を松さんと戻る。


ウォーキングのイベントは毎回1時間半で終わる予定だ。

時間内で帰れるコースを決めるための下見だったが、途中で松さんの友人や知り合いに会い、合計10人ぐらいに挨拶をするのに30分ぐらいかかった。また、私がいつか畑を借りたいと言う話をしたばかりに、松さんは市の畑を見せにつれていってくれた(コース外れまくり)。その後は、編み物クラブの人たちにもイベントを知らせようと、市役所の別の建物にも寄った(コース外れまくり)。

おまけに、その編み物クラブには、日本語クラスの学生さんのおばあさまがいらしたものだから、久しぶりの再会に盛り上がってしまった。孔雀やら複雑なパターンの刺繍に感動していると、なぜか私は9月からこのクラブに入会することになっていてびっくりした。もう何が何やらわからない。

市役所を出てから、早くも2時間半が経っていた。

「12000歩も歩いたわ、よかった!」

携帯を片手に、松さんが言う。


コースも時間も外れまくりの12000歩なのだが、松さんが喜んでいるからよいことにした。

以来、毎週のウォーキングイベントは無事に開催されている。

歩数が正確にカウントされているかは、誰も知らない。

海さんは車を無事に取り戻したようだ。

実測に出かけた日

お知らせは前日から

先日は市役所主催の講演があった。

松さんがポスターを作ったが、配るのを忘れていたようだ。

そのため、公園での歩数計測の後、私たちはポスターをいろいろなところに貼りに行った。

「たくさんの人が来てくれるといいんだけど、申し込みがまだあまりないのよ。どうしてかしら」

前日まで何のお知らせもしていないのだから、関係者以外が知っているわけがない。

それでも、またこれがアンダルシアマジックで、
当日はたくさんの人が来た。


スペインでは、いろいろ考えるだけ無駄なことがある。

私は私で、どさくさに紛れて講演前に修論のテーマに関連したアンケートを参加者の皆さんに配っていた。

間違えて講演者にまで配っただけでなく、「お友達にもよかったら!」と、隣にいるもう1人の講演者をお友達呼ばわりまでしてしまったが。

私もだんだんアンダルシア人になりつつあるのかもしれない。



こんな楽しいインターンも残すところあと1か月になった。

延長できないかな?

そんな風に思う私もいる。

しかし、まずは修論だ。

いつの間にか、松さんと山さんの中では、そのうち市役所で私が講演をすることになっているようだ。
市役所の予算がないので、困ったらあいつに何かしゃべらせておこうという計画だと思っている。

何度か断ったが、まあこれもスペインかと最近は思っている。本格的に頼まれたら首を縦に振ってみよう。

「研究に関して、いやそうでなくてもやりたいことがあったら何でも言いなさい。とりあえず言ってみればいい。協力できることはやってあげるから」

2人がそんな風に背中を押してくれるものだから、私はここでとっても自由にさせてもらっている。

インターン最終日には日本料理を作っていこうか。

甘酒好きな松さんには、発酵関係の一品にしようかな。

そんなことを今から考えている。














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