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夫の髪を切ることになったのだけど

まだ、私はスペインで美容院に行ったことがない。ときどき髪を切りたくてたまらなくなることはあるけれど、知人たちの体験談を聞くと、なかなか地元の美容院に行く勇気が出ない。友人は、地元の人がお勧めだと言う美容院に行ったらしいが、シャンプーの時から上半身が水でびしょびしょになったらしい。そして、強めのパーマをお願いしたはずが、パーマがかかったのは右半分だけで、左半分はストレートのまま、Tシャツびしょびしょで帰されたと言っていた。二度と行かない! と怒っていた友人を見て、私も二の足を踏んでいる。今のところ、1年に1回日本に帰るタイミングで短くすることにしている。

夫は散髪自体がきらいだ。でも、日本の美容院には喜んで行くようになった。日本で初めて散髪に行ったとき、なるほどこんな風に男子もかわいくなれるのかと感動し、美容院に対する考え方が変わったらしい。

でも、彼は短髪なので数カ月に1度は髪を切る必要がある。スペインでも。毎回ぶぅぶぅ言いながら美容院に出かけて行って、最高に機嫌が悪い状態で帰ってくる。そして、「お金を払って、こうなるのかな?」と毎回言う。

確かに彼にも言い分はある。初めて地元の美容院に行った時は、「ノッティングヒルの恋人」の頃のヒュー・グラントの写真を見せ、こういう風にしたいと言ったらしい(小さいころ、近所のおばさまたちにヒュー・グラントに似ているとおだてられて育ったらしい夫は、ヒュー・グラントかっこいいの刷り込みができている)。そしたら、前髪もサイドもジェルか何かでがちがちにオールバックに固められて帰ってきた。ノッティングヒルというか、みやぞんみたいだったので思わず写真を撮った。あれはリーゼントじゃないだろうか。スペインではこれがかっこいいとされるのだろうか。夫は一日中すねていた。

写真を見せても意味がないと気づいた夫は、次に行った時、自分の顔の形はこうであるから、サイドはボリュームを残したまま全体的に「少しだけ」短くしてくださいと言った。「少しだけ」を強調した夫だったが、美容師のおじさんに「まかしとけ!」と言われた20分後、サイドを数ミリ残したクルーカットになって帰ってきた。

以来、よほど髪が長くならないと夫はスペインでは散髪に行かない。確かに「お金を払って、こうなるのかな?」と言う気持ちもよくわかる。

でも、そんなことをしていたら、ロックダウンで外出禁止になった。美容院も閉まってしまった。今は営業を再開しているので、お客さんも戻りつつあるが、夫の場合はただでさえ散髪に行きたくないから、なるべくなら行かずにすませたい。

でも自分で切ると、失敗したときに自分にしか文句を言えないからストレスがたまるだけだと言っていた。だから、君が切ってくれないかと頼まれた。私がやって失敗すれば、私のせいだと納得して気持ちがおさまるらしい。なんだそれ。

そして、特にスタイルのリクエストはないという。どうせうまくいきっこないと思っているからだ。

私も人の髪の毛など切ったことはないのだけど、頼まれたのだから仕方ない。何でも挑戦だ。
とりあえず、『クレヨンしんちゃん』のアニメを見せたら夫の気をそらせることに成功したので、今のうちだと一気に切っていく。

サイドはボリューム残してトップも切りすぎないようにと、細心の注意を払う。とはいっても、工作ばさみでまっすぐ切っただけだけど。ヘアクリップがないので、洗濯ばさみで代用する。

めちゃくちゃ難しい。事前にYouTubeで子どもの散髪方法の動画をたくさん見たのだけど、耳まわりの長さとか、襟足の部分とか、実際やってみるとなかなかうまくいかない。だからみんな美容院に行くのだ。当たり前だけど、プロはやっぱりすごい。

30分ほど夫の髪と格闘し、できたよ、と鏡を渡した。意外なことに「いやぁ、驚いたな。今までで一番ぐらいにいい」と言う。多分、あまり長さを変えていないから、本人的によかったというだけだろう。そして、自分で後ろは見えないから、襟足がぎざぎざになっているのはしばらくばれなさそうだ。

「これなら、スペインではずっと君にお願いしようかなぁ」

と言い出したので、私はちょっととまどっている。数日経って改めて夫の髪を見てみると、余裕で左右の長さもボリュームも違う。今は外出を控えているので、友人に「なんだそれお前」と言われることもないだろうけれど、私はちょっと責任を感じている。やっぱりプロに任せた方がいいだろうなと思いつつ、とりあえず髪が短くなってさっぱりした夫は機嫌もいいのでしばらくは何も言わないでおこうと思う。

ちなみに、夫が日本の美容院に行くと、いつも『ドラえもん』のマンガを渡されるらしい。こないだ、実はね僕はいつも『ドラえもん』なんだ、とぼそぼそ告白された。僕だって、かっこいい系の雑誌も読んでみたいし、料理の雑誌も面白そうだと思うんだけど、座ると持ってきてもらえるのは『ドラえもん』だから、一生懸命読むんだと言っていた。美容師さんに雑誌を持ってきてくださいと話しかけて、「お前の日本語じゃ雑誌なんか読めないだろう」と思われるのがこわいらしい。

そんなわけで、もしかすると、しばらく夫の散髪担当は私になるかもしれない。それなら、工作ばさみじゃなくて、もうちょっとそれなりのはさみを買ったほうがいいのかなと思っている金曜日の午後。

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