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母の味その2

昔からは想像できないが、昔の床屋、いや理髪店は
ものすごく客があふれかえっていた。
2~3人従業員と一緒に働いていても、それを上回る客が
訪れるのだから、もう朝から晩まで文字通りてんてこ舞いである。

そんなわけで
食事をとる時間のない母のお昼は「湯漬け」
ご飯にお湯をかけただけのもの
それと好物の大根の味噌漬け。
母は立ったままどんぶり飯をかっこみ
すぐ店へ走っていった。
そんな状態が朝の5時から夜中の12時まで毎日。
今でいうならブラック企業なみの仕事量だ。

そんな母は小さい私によく言った。
「女も手に職を持ちなさい。結婚しても旦那が病気やケガで
 働けなくなるかもしれないから、何があっても困らないように。」
昭和ヒトケタの母だ。“女は家庭を守る”という世情の中で
家を飛び出し資格を取った母に身内や親戚の目は冷たかっただろう。

そんな母の言葉通り
私は看護師になった。

病棟勤めは忙しく、昼食をとる時間すらなかったときもあった。
ナースステーションでご飯を食べながら看護記録をとり
ナースコールが鳴れば席を立つ、そんな毎日だった。

母と似たような人生を送っているせいか
いや、母の背中を見て育ったせいか
ときたま湯漬けで漬物が食べたくなる。
母の生きざま、それすらも
母の味に入っているのである。

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