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短編小説「となりのパイロット(3)」

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ロボさんは、他愛もない会話をしても「そうなんですね」としか言わない。アドバイスも無いし、感想も言わない。最初はつまんないな、と思ったけど、だんだん、そのジャッジされない聞き方が心地よくなってきた。

わたしはギターを弾くのが好きだけど、これまで人前で弾いたことがない。家族にだって聞かせていない。だけど、その日はなんだかできる気がした。

「ロボさん、ちょっといい?」
ロボさんをソファに座らせ、私はリビングの椅子を持ってきてギターを手に腰をおろした。私が生まれる前に流行ったらしい、好きな曲を弾く。懸命に指を目で追いながら歌い、 Aメロが終わり間奏へ。ちらりとロボさんを見た。

ロボさんは相変わらず無表情で、背筋を伸ばして両手を膝に重ね、座っている。けれど、微かにリズムに合わせて頭が前後していた。おおげさに手を叩いたり、一緒に歌ったりしないけれど、楽しんでくれていると分かった。


ロボさんが我が家に来て2ヶ月が経った。今日もカレーが食べたくて、早退をしたら自宅のポストに黄色い封筒が届いていた。
「重要なお知らせ、リコールのご案内…?」

「ロボさん、一回工場に戻るんだって」
洗濯物を畳むロボさんに声をかけると、一瞬ロボさんの動きが止まった。
「そうなんですね」
「うん、でも部品交換したらすぐ戻ってこれるみたいだよ」
「そうなんですね」

翌日には配送業者がやってきて、あっという間にロボさんを専用ボックスに入れて去っていった。それが、あのロボさんとの最後だったと今になって思う。

帰ってきたロボさんは、ロボさんなんだけど、ロボさんではなかった。早退してもカレーを作ってくれない。食卓に一緒に座ってくれない。ギターを弾いても手拍子をしてくる。寂しくて、悲しかった。


*****


2ヶ月間、ロボットパイロットとしてしっかり働き、我が家に戻ってきました。実は、パイロットをしていた2ヶ月間のことは全く覚えていません。

守秘義務のため、勤務期間が終わるとある薬をもらい、パイロット中の記憶は消去されるのです。ですので、私はどんなお宅で何があったのか知らないのです。

私は長い間独り身です。家族と過ごす時間をまた味わえたのなら、きっと楽しかったのでしょう。せめてどんな家族だったかだけでも覚えておきたかったものです。

さて、今日の夕飯の買い出しにでも行ってきます。
最近、おとなりのお家からはカレーの匂いがよくしてくるんです。なんだか懐かしい匂い。

それにね、ギターの音もしてくるんです。私が好きだった、少し古い曲。こっそり聞き耳をたてて、だんだん上手になるのを嬉しく思っています。




(完)


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