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短編小説「となりのパイロット(2)」

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私が赤木さん家のロボットのパイロットになって早ひと月。

赤木さんは4人家族。ご両親は仕事で忙しく、高校生の息子さんは部活で毎日遅くまで頑張っています。中学生の娘さんは、昼間こっそり帰宅して、部屋から出てこない日もあります。

私はそんな家族に代わり、ロボットとして日夜、家事のアレコレをしています。このお宅では「ロボさん」と呼ばれて頼りにされているのです。

ロボットにはロボット工学三原則というのがあって、従うべき原則があります。「人間への安全性、命令への服従、自己防衛」を目的とする三つの原則。

加えて、ロボットを操作するパイロットには「人間への非・共感」という原則があります。これは社長が作りました。

共感したり感情的になること。励ましたり、慰めたりすること。…これらは禁止されています。なぜなら、半導体が手に入りAIチップに差し替えた後、そんな高度な思考は弊社のロボットにはできないからです。

「非・共感」はなかなか苦労しましたが、うまくやれていたと思います。

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「あかりさん、夕食の準備ができました」
ドアの外から無機質な声が聞こえる。我が家のロボット「ロボさん」だ。ロボさんはひと月前に我が家にやってきた。忙しい両親に変わって、家のこと全てをやってくれる。

最初は、ロボさんを見て不気味だなと思った。男か女か、幼いのか老いているのか、よくわからない顔立ち。身長は私と同じくらい。スッスッと家の中を動き回り、仕事が済むと冷蔵庫の隣の充電スポットで直立不動。微動だにしない。

でも、お兄ちゃんと大げんかをした時だった。
わたしが大事にしているギターをお兄ちゃんが蹴飛ばした。ジャーン!という音とともにギターが飛んでいき、ロボさんの足元に落ちた瞬間、ロボさんが一瞬お兄ちゃんを睨んだ様に見えた。

すぐに無表情になり、ロボさんはギターを拾い上げ、お兄ちゃんに手渡した。無表情のロボさんに気圧され、お兄ちゃんはギターを受け取り「やりすぎた、ごめん」と言ってわたしに手渡した。

ある日、いつもの様にわたしは学校を早退して帰宅した。ソファにカバンを放り出し、ギターをいじっているとロボさんがそばにきた。
「あかりさん、好きな食べ物はなんですか」
「えっ、今までメニューなんて勝手に決めてたじゃん」
「好きな食べ物はなんですか」
「ええっと…カレーかな」
「わかりました」

ロボさんは買い物に出かけ、戻るとすぐに夕飯を作り始めた。規則正しい包丁の音。ペティナイフで均一の薄さに剥かれる人参の皮。さすがロボット。超ベーシックなカレーができあがるんだろうな。

と思っていたら、ロボさんは2種のカレールーを割り入れ、隠し味にチョコレートも放り込んだ。生活の工夫を感じる。

カレーは絶品だった。いつもは冷蔵庫横に待機しているロボさんは、私と一緒に食卓に座っていた。まだ夕日が沈みきっていない、オレンジ色のリビングで、私は久々にご飯が美味しいと思い、おかわりを2回した。

それからロボさんは、わたしが早退すると必ずカレーを作る様になった。


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