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ここにいて良かった

ここに暮らしていて良かった、そう思える事をしたいなとずっと思っている。

なぜそう思うのか、掘り下げて適切な言葉を見つけるために、自分の暮らす場所とこれまでの出来事を振り返ろうと思う。

宮崎に越してきたのが2016年、もう6年も経った。

高校を卒業してからすぐに宮崎を離れ、福岡には学生時代を含め2003〜2016年までいたので13年間暮らした。

福岡はとても暮らしやすく、鮮度の高い情報も物も手に入るし、若い人が増えているのも納得の街だった。面白いコミュニティもたくさんあって、みんな何かやってみよう、という明るい空気にも満ちていた。

それは私が20代で、意欲や希望に満ちていたからそう見えたのかな。学生から社会人になり、やりたかった職に就き、自由が増えてなんでも出来る気がする期間だった。

その後は、独立、結婚、出産、離婚。発達障害と精神面の理由で社会との関わりがうまくできなかった前夫との生活、母親になり勉強や仕事とはまったく異なるアプローチで取り組まなければいけない育児を経験した。

このふたつの出来事は、それまで能天気に、やれば結果がついてくる!と思っていた私を何度も張り倒しにきてくれた。それまでの運が良かっただけ、環境に守られていただけ、自分の力じゃなかったのだと、時間を経て気がついた。「やりたいのに出来ない」ことってあるのだ。

産後も仕事を続けるつもりで計画的に準備をしてきたが、いろいろあってボロボロだったのでひとます娘と2人、実家に戻った。そうして宮崎での生活が始まった。

引っ越しとは良いものだ。シンママだし、仕事はフリーランスだし、田舎にひっこんで知り合いも家族以外はいないような状態だったけど、離婚ハイなのか、新しい環境が面白くて無敵モードだった。

新しいパートナーと出会い、半年後には娘と実家を出た。仕事も順調に見つかり、良い友達にたくさん恵まれた。2年後にはギャラリー兼事務所を作り、繋がりたかった東京や福岡の人たちとも一緒にイベントをする事ができた。これが最初の4年間。

それからコロナが始まった。娘がちょうど小学生になり、自分の親としてのステージも変化した。両親も目に見えて老いてきた。近くに住んでいて良かったと心底思う。

SNSやニュースを見ていると絶望的な気分になるし、問題が大きすぎて無力感にもおそわれる。でも、暮らしの半径2kmくらいで見ると、新しいお店ができたり、楽しい友人ができたりと、明るいトピックが多い。

これからやりたいのは、今こそ目の前のことを楽しみ、できることをやる、という当たり前のこと。こんな当たり前のことを、すぐ隣の人とやりたい。生きてて良かったよね、楽しいよね、と実感し共有したい。

互いが話をしたり聞く場を設けること。それをなるべくたくさんの人に届けること。関わる人を増やすこと。手に負える問題があって、じぶんにも何かできることがあると実感すること。
言葉にするとこうだろうか。

あともうひとつやりたい大きな軸があって、それは自分以外のひとの「やりたいのに出来ない」ことへのデザインを通したアプローチ。

今日はこのへんまで。
書きたいように書けてるのかな。
人目を気にせずポンポン投げられるようにもなりたい。欲が多いですね。

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