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出るとこ出ますよ(10) 第4回期日 法廷決戦・当事者尋問(3)暴かれる被告の本性 一般市民の民事裁判初体験記【31】自転車は空を飛ばない

ここまでのお話

原告の私と被告のY氏が直接、法廷で対峙する最終決戦。まずは先攻の私が代理人弁護士による尋問を終え、被告のY氏のそれも終えました。尋問は相手の代理人弁護士から受けるスタイルに変わります。
今回記すのは、原告代理人から被告への尋問です。この中で、Y氏の本性が明らかになります。

前回のつづき・・・

当事者尋問での勝負所は、自らの主張を裁判官に分かってもらえるようにすることである。トークだけでダメで、明確な証拠を揃える必要がある。自分が自分のものをするだけでなく、もう一つある。それは、相手の主張の間違いあるいは弱さを証明することである。弁護士の腕が問われるところである。

そう考えると、前号で記した相手方弁護士が私にした尋問は、結果として、私の証言の確かさを証明したかのような感があった。ただでさえ、しょぼい証拠(しかも全部、当方が出した資料)ばかりなのに、尋問で挽回することもなく・・・。

さて、我らがS弁護士は最後まで手を抜かない。渾身の力で、被告に尋問をしてくれた。

この被告Y氏の答弁は3年以上経った今でも私たち夫婦は強烈に覚えている。

Y氏は、妻と娘とが見積書を持って、説明に来た時のことを聞かれた際に、こう答えた。

「はい。娘さんと一緒に来られました。えらい遅い時間に来られましたね。22時か、23時か・・・」

意図は明白である。妻と娘が非常識な人間であるかのように印象づけたいのだ。実際には、21時頃である。この当時、夕方からよく出かけていたY氏の事情を慮りながらこの時間にしたのであった。
ふと、傍聴席に目をやると、妻と娘の立腹している様子のふくれっつ面があった。そんな時間に行くわけがない。でも、怒声は禁止である。ここは我慢、我慢。

まさしく、息を吐くように嘘をつくY氏であった。
 S弁護士は冴えていた。しとやかに、はんなりとした雰囲気で、柔らかい丁寧な言葉でしっかりと問い質していく。次は、支払う意思はあったのかということに焦点を当てた。

 S弁護士「Yさんは支払う意思はあったのですか?」
 Y氏 「はい」
 S弁護士「では、○○さんのところに支払いに行ったことはあったのですか?」
 Y氏「それは・・・」
 S弁護士「ないということですね」
 Y氏「は、はい」

 私は着席して、前方で繰り広げられている二人の様子を見ていた。横顔ではあるが、Y氏の顔がひきつっているのがハッキリ分かった。

 (さすがだ!先生)
私は、心の中で唸った。でも、声は出せない。ここは法廷だ。
これで、相手方は支払おうと思えばいくらでも支払う機会はあったのである。支払うべきものを意図的に支払っていなかった事実がこれで明らかになった。

 我らがS弁護士は、私たちが気にしていたバンパー冤罪の件にもメスを入れてくれた。この裁判は、損害賠償事件についてである。バンパーの件は正面からは論点にできないのだが、損害賠償に関係あることとして、自然な流れでうまく問い質してくれた。

 S弁護士「○○さんの自転車が当たったと言われていたバンパーの修理代の見積もりはとられたのですか?」
 Y氏「取っていません」
 
 この辺のやり取り。Y氏は顔色変えず、スラスラと一言も言い淀むことなく答えていた。 

S弁護士は「それはなぜですか?」と技を仕掛けた。

私は、「やった!決まったぜ」と一瞬、思ったが、Y氏は、間髪入れずこう答えた。

 Y氏「請求する気がなかったからです」
するりとかわすY氏。相当なタマだ。

S弁護士も一切動揺することなく、この流れの中で、核心に触れる大技を放つ。

S弁護士「本当にバンパーに当たったのですか?」

この流れ、この文脈の中でしかできない尋問であった。バンパーが当たったかどうかは、裁判官的には、修理代の金額も出ていない話でもあるので、判決を出すうえではあまり大きな問題ではないのだ。本件はあくまでも損害賠償額はいくらであるべきかの裁判なのだ。

そんな中で、S弁護士はこの問いを放ってくれた。もちろん、全然意味がないわけではなく、当たっていないのを当たったとY氏が主張していたのを証明できれば、Y氏への心証は悪くなり、当方に有利に働く可能性はあった。

さて、Y氏の回答である。
私も傍聴席三人組も固唾をのんでいた。どう答えるのだろうか。

Y氏「私の見解では当たっていました」

 10年余を隣人として過ごしていたYという人。仲がいいとまでは言えないまでも、会えば挨拶、立ち話を少しするぐらいの普通の近所付き合いをしていた間柄であったはずだ。

こんな人だったのだ。私が感じ入ったのは、発言の内容もさることながら、こういうことを顔色変えず、息を吐くようにスラスラと言えてしまう人であった。

Y氏と、私たち夫婦は極めて異質な人間であった。誤解しないでほしいが、どっちが良くて悪いということは言っていない。あまりにも違っているということを言いたいのだ。

私と傍聴席三人組は、驚くというよりあっけに取られるといったところだったろうか。

尋問はここまで。このあと、前号で記した向こうのK弁護士からの尋問を私が受けて、すべて終了。
 
あるかもと聞いていた裁判官からの尋問はなかった。
裁判官からは「これで結審とします。判決は8月6日です」との弁があり、閉廷となった。
時間にして、30分ぐらいか。莫大な準備をして来た私としては、あっけないぐらいのものであった。終わった後、S弁護士に思わず「あれで終わりなんですね」と言ってしまったぐらいである。

S弁護士は微笑をたたえながら、「まぁ、いい経験をなさったと思っていただければ」と返してくれた。

弁護士料について、一般市民の支払う側からは、こんなに費用がかかってと、つい思ってしまいがちであるが、ここまで掛かった手間暇、労力、神経の遣い方を考えると、決して高いとは言えないというのが新たに得た感覚であった。
ハッキリ言えることは、素人独力では、とてもここまで来れることは叶わなかった。S弁護士には大感謝であった。

ついでながら、もう一つ言っておくと、K弁護士の存在と力がなければ、これぐらいの事故がここまでの事件になることはなかったであろう。こちらはマイナスのパワーだ。

やれることはすべてやった。あとは、お裁きを待つのみとなった。
明日へつづく


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