旧盆ウークイ

すぐちかくで発生したコンパクトな台風が思いのほかガッツリな雨風に発達し、暴風域はできないものの大潮とかさなってぐわんぐわんにみんなに頭痛をもたらしたようです。お義母さんも私も、そしてめずらしく夫も頭痛薬を服用。

きょうは送り火でしたが、ご先祖様に持たせるあの世のお金、紙銭=打ち紙(うちかび)を焼く、というのが台風のためできず、明日していただくようにお願いをして、きょうは手を合わせるだけで帰ってきました。

内地のお盆の時期もちょうど大雨が全国的に続いていたし、旧暦のお盆もこちらが雨台風。そしてコロナ。なんだか、ご先祖さまとの結びつきや関係性について、こうした古くからの行事を続けていくことについて、これまでどおりから少し変化していくような(そうせざるをえなくなっていくような)気がしました。きっと今日の台風がなければこんなことは思わなかったと思います。

ちなみに実は今回のこの台風、東からまっすぐ先島諸島めがけてやってくる熱帯低気圧として第一報があり、その後いつのまにか消滅し、その後また復活して消滅して、三度めの正直でやってきたのです。なので『寝耳に水』ではなかったけれど、慌てた人も多かったと思う。離島間にかかる橋も通行止め、航空便も欠航だったから。

ニュースを見て気になったのか、佐賀に住む従兄が電話をくれました。そっちはどんなね、って言うけどこっちからしたらそっちの大雨はどうだったのよって感じ。家から10分ほどのところが水に浸かってしまってる、2年前と同じなんだよね…と言ってました。従兄の無事がわかってよかったけれど、同じような被害にたびたび見舞われるのはやはり気にかかります。

島に遊びに来たいと夫婦でずっと言ってくれていて、だからこそ、マスクをしないで歩けるようになったらね、と伝えておきました。ただこれについても、自分で言いながら『いつになるのかな』とは思ったけど。台風の心配のない、(私の思う)いい季節に来てくれたら観光客も少しはすくなくてのびのびできていいのでは、と思います。


沖縄県代表で甲子園に行った沖縄尚学の夏がきょう、終わりました。これまで暮らしたことのある県の代表校はどこも気になりますが、やはりこちらに来てからは沖縄県代表校の応援を自然とするようになりました。

沖縄県から兵庫県の甲子園に行くということ。体育会系、文科系問わず、ここからなにかの県大会に行くだけでも大変なのが痛切にわかる離島にいるから、沖縄から甲子園に行くのがいかに大変なことかはよくわかります。だけどそのぶんきっと、部員どうしの絆は深まるんだろうな。

きょうの沖縄尚学と盛岡大附属の試合は、観ていていろんなことを考えさせられました。ナイスプレーもたくさん見れて感動しました。なにより素直さ120%っていう感じの沖尚ナインの姿には、我に還るような感覚を呼び起こされた気がします。

きょうの満月から欠けゆく月。知らず知らずにくっつけてしまったいろいろを削ぎ落として、よりシンプルになっていきたいと思います。
 

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