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意思決定の謎の部分

 意思決定っていうと目的を達成するための「最適な行動選択」という部分が多く語られてますが「そもそもその目的はどうやって決まるの」という部分はあまり語られることがありません。

 目的というのは、平たくいうとその人がやりたい事です。ちょっとかっこよく選好と言ったりします。

選好は人それぞれだから論ずるものではない。選好を所与として、その達成のための最適な行動を情報に基づいて選択するのが合理的選択である。

 という考えもありますが、これだと選好がなんであろうが(例えば反社会的な選好であっても)その達成のために最適な行動をすることも合理的選択となります。

 実際の我々の行動をみると、大部分の人は無秩序にやりたい事をやってる訳では無く社会のルールに従った上で選好を決定しているように見えます。

 社会のルールとは何でしょう?

社会のルールも突き詰めると個人の選好に基づいたものである。よーく見ると社会のルールに従うことがその人の利益になるから従ってるのである。

 という考え方もありますが、これだと説明出来ない例が現実世界には多くあります。

協力しない方がその個人にとって望ましい結果が得られるようインセンティブ設計された環境でも人々は協力する場合が往々にしてあるのです。

そこで逆転の発想

 人間の行動が全て望ましい結果を得ることを目標としたものというのが誤りで、私たちの行動に中には「帰結を得ることを目的とした行動」と「行動自体に意味がある行動」の2種類がある。

カントの言葉でいうと定言命法(xxxを行え)と仮言命法(もしyyyを望むならxxxを行え)

 帰結によらない行為の一つが社会ルールに従うことである。

 社会ルールは人類がその歴史の中で獲得したもので、言語、合理性、文化などど同じ根っこを持っている。社会ルールと合理性は相反するものではなくつながっているものである。

といった内容の本を読んでいます

まだ読み進めている途中で、自分の理解のために書いているので中途半端な内容になっており申し訳ありません。ご興味持たれた方はご一読ください。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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Photo by Javier Allegue Barros on Unsplash 


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