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youtubeで『東浩紀がいま考えていること・7──喧騒としての哲学、そして政治の失敗としての博愛』観ましたー。

はじめに

 youtubeで『東浩紀がいま考えていること・7──喧騒としての哲学、そして政治の失敗としての博愛』観ましたー。東浩紀さんがひとりで講演するのは4年半ぶりとのことで、楽しみにしていました。
 東浩紀さんというと、オタク文化に詳しい哲学者、特に『クラナド』などkey作品を評価している賢者として知れ渡っていますが、東さんが今何を考えているのか知りたくて視聴しました。
 youtube等では冒頭30分無料になっています。

内容のあらすじ

”ぼくにとって文学は登場人物について考えるものだったんだけど、大学に入ったらみんな作者の話しかしてなかった”

 まず、東さんは哲学の起源として、ソクラテスの話から入ります。ソクラテスが書き物を残していないことは広く知られていますが、なぜ誰かと対話している形で思想を残したのか?という観点です。 
 その答えは、プラトンなどの弟子がソクラテスをキャラクター化し、架空の対話の小説を作る形で思想を伝えていたのです。つまり、哲学の起源は小説であり、これは重要なことだと東さんは指摘します。


 たとえば『饗宴
・現実に書かれたのはBC385あたり(ソクラテスの死後15年、プラトン40代)
・物語冒頭はBC400あたり(ソクラテスの死の直前、ソクラテス70代)
・その中でBC416に起こった出来事を語る(ソクラテス50代半ば、プラトンまだ10代)
・つまりこの作品は、執筆時から30年前のアテナイを舞台にしている
・登場人物の中にはその後スパルタやペルシアに亡命し、ソクラテスの刑死の原因になった人物もおり(アルキビアデス)、読者はそのような背景を知ったうえで読んでいたはず


 ◎哲学の起源は文学
・ロシアの文学理論家、ミハイル・バフチン
・バフチンといえば対話の哲学
・ドストエフスキー論(ポリフォニー論)も有名
・ポリフォニーとは「終わらない対話」の場のこと
・のちにカーニバル論と結びついたりもする

 そんなポリフォニー論が、1960年代に出版された『ドストエフスキーの詩学』第4章では、実はソクラテスの対話に遡って議論されている

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