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【♯42】じぶんの対話において、受け身の謝罪は不要

相手にサポートしてもらっているのに、思うようなアウトプットがだせなくて、なんだか申し訳なくて謝ったことはあるだろうか。わたしはある。そして謝られたこともある。でも実はこれはとっても勿体ない。

「〇〇できませんでした。ごめんなさい。」
約束したペースや期日までにできなかったときに、自分がこうしたいという意思を伝えることの権利をなくしてしまったかのように、謝罪だけして相手の反応をまっているケースがある。
一般的に仕事においては、相手に不利益をあたえるミスをしてしまった場合、誠実にひたすら謝罪の意を表明し、相手の反応をまずはまつことが必要な場面もあるだろう。

でも対話において扱っているのは”自分自身のこと”である。
伴走しているパートナーとの約束を破ったからどうとかではなく、自分自身に対する約束が果たされなかったという事実に対して冷静に掘りさげていくことが大事なのだ。
だから必要なのは相手への謝罪ではなく、『自分自身になにが起きたかの客観視とそれを踏まえて自分がどうしたいとおもっているか』という意思表示である。

そして大体のケースが、「さぼっていて出来なかった」のではなく、「考えたけどよくわからなくなってしまって、結果的に間に合わなかった」という場合が多い。

だからこそ、その”よくわからなくなってしまった部分”を一緒に解明していくことに時間を割いていきたいのだ。

出来なかったことに負い目を感じて、意思表示をすることに躊躇してしまう人もいるけれど、意思表示をすることは自由だし、それをそのまま採用することが難しければこちらから選択肢をだすことで方向性をすりあわせていけばいいだけのこと。

さきに選択肢を掲示されるのを待っているのは、自分のことを相手に委ねてしまうことになるので、あくまで”じぶんのことに関する主導権はじぶん”ということを忘れないでほしい。

対話において、受け身の謝罪は不要である。
申し訳なさを感じるなら早めにその気持ちを共有してしまうか、どんなことを考えているときにどんな気持ちになっているか?ということに意識を向けることからはじめてみよう。
それを勇気をもって教えてほしい。
そしたらいつのまにか負い目を感じる必要がないということがわかってくるはず。


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