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「女のいない男たち」

「感情を抑え込むことができるようになっては駄目よ。
 そうやって人間は、30までにくたびれてしまう。
 辛い気持ちも、感じられる時に感じなさい。」

この言葉は、映画「Call me by your name」で授かった教えである。
そして今回の作品でも、同様の作者の含みを感じる部分があった、いや、作品に佇む男たちがそっと囁いている。

「木野の内奥にある暗い小さな一室で、誰かの温かい手が彼に向かって伸ばされ、重ねられようとしていた。
ずいぶん長いあいだ彼から隔てられていたものだった。
『そう、おれは傷ついている、それもとても深く。』
木野は自らに向かってそう言った。そして、涙を流した。
その暗く静かな部屋の中で。」
『女のいない男たち』「木野」より抜粋

私も、悲しみに向き合うのが怖くて、両手で肩から力を込めて、内奥へと押さえ込んでしまった。
その悲しみは、私の足を打ち砕き、内側から皮膚を突き破って肉を裂くだろうと、わかっていたから。
しかし、左胸に刺さった、ちょうど出刃包丁ほどの哀しみの刃は、ゆっくりと丁寧に押し込まれ、今も傷口からジクジクと血を滲ませつづける。

悲しみは涙に任せて吐き出すのが、生きる術なのだ。


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