見出し画像

侘び寂びの伝え方

実家から一葉の写真が送られてきた。
前列中央には和服姿の男性数名が扇子を手にして椅子に座わり、その後ろにおよそ50名ほどの和服姿の若者たちが写っている。最後列の4名だけが男性、残りは女性だ。

今から20年ほど前に「不審庵※ 短期講習会」に参加した時の写真だった。
残暑厳しい京都で7日間行われるガチの茶湯合宿である。講師は家元に所属する教授陣だ。当時通っていた茶道教室の先生から「参加されてみたら?貴重な経験ですよ〜。何しろ、本家本元の不審庵でお点前を教えてもらえるんですからね。参加は25歳までだし、行くなら今ですよ。」と勧められ、不審庵の「ふ」の字も知らない私であったが、「京都に1週間行けるのなら行ってみたい」という軽い気持ちで乗り気になった。先生はいそいそと推薦状を書いてくれた。年齢制限は「鉄は熱いうちに打てじゃないけど、感性が柔らかい内に大切なことを学んでもらいたいからですよ」と説明を受けた。しかし、よくよく聞けば、聞けば聞くほど私は青ざめた。「合宿中は寺に寝泊まりする。茶道の正装は着物。故に毎日1人で着物を着て生活すること。友人家族と会うような自由時間はない。携帯は預けること」など、なかなかのハードルがあったからだ。

大学は夏休み。パン屋と花屋のバイト先にも休みをもらい、なんとかかんとかスーツケースに着物を詰めて新幹線に乗った。京都駅からバスに乗り、合宿場の寺にたどり着く。南は沖縄九州から北は北海道まで、全国から集った参加者の数人とお互いぎこちなく挨拶を交わした。中には1歳の子どもがいるお母さん(こっそりガラケーを持ち込んでいて、赤ちゃんの写真を見せてくれた)、お座敷で働く舞妓さん(仕草も着付けもプロだった)、そして私のような大学生もいて、世間知らずの私にとっては知り合うだけで刺激的だった。皆似たような着物姿だから名前と顔を覚えるのも大変だったが、合宿後に打ち上げをするほど仲良くなれたのは、あの濃密で非日常な時間を一緒に過ごしたからだろう。

送られてきた写真は合宿最終日に不審庵の前で撮った記念写真で、今頃みんなどうしているのかな・・・と懐かしい。「世紀ごとに見る茶湯の歴史概観」というタイトルの講話資料や、合宿中の茶席で使われた掛物、花、釜、水指、茶器、茶碗、菓子などが全て記録された「道具 記録」も同封されていた。今見直すと貴重な記録だが、講話の内容はすっかり忘れている。茶室でお茶をいただいたり、自分が点てたりした記憶はうっすらある程度だ。覚えていることといえば「朝起きてすぐ着物に着替えるプレッシャーがすごかった」(参加前に着付けの特訓をしてなんとか乗り切ったが、今やれと言われても無理だ)、「お茶席の畳が固っ」(後にも先にもあんなに青々しい畳は見たことがない)、「携帯なしで1週間過ごした」(修行か!)、「講義室の机が1センチ単位でまっすぐ並べられていた」(強迫的!!)など。

いや、もっと意味のある思い出もあるはずだと記憶を辿ってみる。
最終日には「不審庵」の庭を見学させていただいた。
古びた木の扉をくぐると緑と石の空間が静かに広がっていた。
決して広くはないが、狭さは感じない。むしろ、終わりのない奥行きがある。
ただ時間が流れている。

お点前は、決まりが「あってない」ようなものだそうだ。
私が今通う茶道教室の先生は、私の雑な帛紗捌き(ふくささばき)を「あ、ちょっと。ここはきっちりこうした方がきれいです・・・」と、丁寧に教えてくれる。だが、上級者になると「お好きなように」と言われるそうだ。先生は言う。
 点前の目的は「お茶席を共に楽しむため」で、正確にすることや上手にすることが目的ではない。だから、客の年齢や趣向に合わせて点前の型を臨機応変に変えても良い。それに、決まりがあると間違いも発生する。お茶席の中で「今、順番間違えた」「あれ、左右逆じゃない」などと指摘が入るとお互い興醒めするでしょう。。。

基本の型はある。そしてできるだけ美しい型を身につけた方が良いけれど、最終的には自由。
あの合宿は、茶道の歴史やお点前の仕方ではなく「欲から離れて静けさを味わう感性を育むこと」や、「人に見せるためではなく、人と楽しむためのお稽古を体験すること」そして「一つのことにコミットする価値を伝えること」を目的としていたのではないか。それは、マニュアル本や動画では教えられない。人から人へ、ある程度の時間を共にして、心にタネを蒔くようなものだ。
そう思うとあの1週間が愛おしい。
参加に導いてくれた先生方や家族、そして不審庵という伝統を守り受け継ぐ方々に感謝しかない。


不審菴とは
利休が営んだ茶室の名。歴代の家元がこれを継承している。また、不審菴は千家の屋敷ならびに機構の全体をさし、千宗左家元の号でもある。
http://www.omotesenke.com/01.htmlより 2024年5月16日参照

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?