『ブレーブ・サンズー小さな勇者ー』第11話

 ユウは、村の周囲に張られている対魔物用結界の透明な壁にぽちゃりと入り込み、カナタとコナタの二人を担いでイチノ村へと足を踏み入れる。

 村人たちは、村に入り込んできたユウの姿を見て目の色をすっと変えて、顔を曇らせる。

「大罪人のユウが来たぞ!?」

 村人の一人が叫び声を上げると、その叫び声を聞いた人々が何人か慌てて出てきた。明らかに歓迎されている様には見えない。むしろ、なぜここに来たのかと責立てられそうな険悪な雰囲気がずっしりと漂っている。   
 
「ほんとだ。禁忌を犯しておきながら、よくもまあ、ここに戻って来ようと思えたものだ」

「あいつは勇者の恥だ」

 こっそり陰口を叩くものもいれば、ユウに向かって、湧き上がる嫌悪感を容赦なく吐き捨てるものもいた。

「ここから出ていけ!」 

「そうだ、そうだ!出ていけ!この大罪人!」

 村人の何人かは、小石をぎゅっと握りしめ、ユウに勢いよく投げつける。いつものユウなら、小石を避けるなど雑作のないことだったが、二人を肩に担いだ状態のため、激しい動きができない。

 飛んでくる小石を身体に受けながらも、ゆっくりと進んでいく。悠然と進んでいたユウだったが、小石の一部がカナタとコナタに当たりそうになり、思わずこめかみ辺りの血管を隆起させる。

「俺に、小石をぶつけるのは構わない。だが、こいつらは関係ないだろ!こいつらに、石を投げるのだけは許さない!」

 殺意にも似た苛立ちを彼の鋭い眼光の中に見た村人たちは、気圧されて思わず小石を投げる手を止め、後ずさる。怯える村人たちから目を逸らすように、再びユウは前を見て歩き始めた。

「俺たちは、お前を許さない!村の人々の命をいくつも奪ってきた魔物に味方するお前みたいな奴はな!」

 村人の一人は、拳を握りしめ、なおもユウの背後から憎しみに満ちた辛辣な言葉を浴びせかける。

 ユウは、悲しみを堪えるようにぎゅっと奥歯を噛み締めると、何か反論する訳でもなく、構わず歩を進める。

 きっと、俺が医療施設に行っても、相手にされない。

 この村で唯一、この子たちを助けてくれるとしたら……。

 あいつしかいない。

 ユウは、村一番の嫌われ者だ。そんな彼を唯一、受け入れてくれるであろう人物に心当たりがあった。彼の勇者だった頃、共に魔物と戦い、共に様々な困難を乗り越えてきた戦友タナだ。

 タナは、ユウがある事件をきっかけに勇者をやめてからも、女性剣士として村を守っている。そして、彼女の得意とする魔法の一つに回復魔法があった。ユウは、彼女なら二人の傷を治すことができると考えた。

 タナ、お前のうち、どこだっけ……。

 ユウは勇者をやめてから、タナと会って話す機会がなくなっていた。ここ数年、彼女とは会っていないし、この街も来る事自体久しぶりだ。

 すっかり日が沈み、村が暗闇に覆われた頃。過去の記憶を辿りながら、ユウはようやくタナの家を見つけ出す。タナの家は、人気のないところに、ひっそりと立っている。

 カンカンと扉の金具で音を立てると、少しして扉がガタッと開いた。

「はい、どちら様でしょう」

 タナが、扉からひょいと顔を出す。

「タナ……すまない。この子たちの傷を治してやってくれ……」

 タナが姿を現すや否や、ユウは疲労感を滲ませた声で言った。

「ユウか……ユウ、その傷はどうした!?ボロボロじゃないか」

 タナは、目の前で全身が傷だらけになって立っている男の姿に目を大きく見開き驚愕した。

「ちょっと、色々あってな」

 ユウは、ニカッと笑い答えた。

 実はタナの家を探している間も、彼は村の人々からものを投げつけられたり、暴言をはかれたりしていた。また、その一方で、カナタとコナタに、ものが当たらないように気を遣っていた。

「さては、ユウ、村の連中にやられたな。まあ、ここで話しても仕様がない。中に入れ。傷を治してやる。子供たち、それとお前の傷もな」

 タナは、そう言って扉を全開にすると、明るい家の中へユウたちを誘った。

 ガチャッと扉がしまったところで、タナの家の近くの建物の角から一人の影が顔を出す。

「やっと、見つけた。解呪の魔法使いの子供」 

 そう言って、影の人物は懐にしまっていた黒色の短剣を徐ろに取り出し、じゅーと音を立てながら短剣の刃を味わうように嘗めた。
 
 外灯が影の人物の顔を仄かに照らし、しわくちゃな老婆の顔をはっきりと映し出す。狐のような細長く鋭い目で、タナの家の方を見つめている。 

 老婆の正体。

 それはネツキ。

 かつて、カナタとコナタを襲い、彼らの母親を永眠の呪いをかけた魔物。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?