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秘密のカヲきゅん6


カヲルは不二子さんを見送った後、和室のテレビの前にへなへなと座り込んだ。
今まで交流していた人たちにとっては今のカヲルはカヲルではない。70代のカヲルがいきなり20歳くらいの娘に若返ってしまったのだから、周囲にとっては知らない人にしか見えない。カラオケ部に参加できないし、町を歩いていても、今の姿じゃ誰も声をかけてくれないし、こちらから声をかけるのも勇気が出ない。
「…おしゃべりする人もいない…」
カヲルは悲しくなった。
「…トモヤがいるか…」
ローテーブルの上に置かれた紙には大きく「興奮しないこと」と書かれている。カヲルは大きくため息をついた。この後どうやって生きていったらいいのか…
ピンポーン
ふいにインターホンが鳴ってガチャガチャと鍵が開く音がした。びっくりして玄関をのぞくとゆかり子だった。
「母さん、いたんだ」
カヲルはおそるおそる
「私のことわかるの?」
と聞いた。
「わかるよ。昨日の夜ここに来たし、トモヤから聞いたからね」
カヲルはホッとして泣きそうになった。ここにもう一人理解してくれる人物がいる。
「それにしても母さん、かわいくなちゃったね」
ゆかり子は苦笑した。

連れてこられたのはゆかり子の職場だった。
真っ白い無機的な廊下が病院みたいでカヲルは居心地の悪さを感じた。病院と言えば採血とか胃カメラとかいい記憶がない。
エレベーターに乗るまで誰にも会わなかったので、何気なくゆかり子に聞いた。
「誰にも会わないね。みんな休みなの?」
「みんないるよ。わざと人がいないところを通ってるだけ」
エレベーターを降りてすぐの部屋の前でゆかり子は
「これから採血してもらうんだけれど、返事以外はなるべくしゃべらないでね。内緒にしたいから」
と言い、カヲルは首を縦に振った。


室内には白衣の女性が一人だけいた。
「先生、こちらの方ですね」
「うん。採血したらうちに回してね」
「はい」
ゆかり子は部屋を出て行った。カヲルは促されるまま椅子に座り採血を受けた。試験管3本分。
(ああ…血が血がこんなに…)
クラクラしそうになっていると
「お疲れ様です。部屋を出たら廊下の椅子に座ってお待ちください。中屋敷先生が迎えに来られます」
女性はそう案内してくれた。
「はい…」
部屋を出ると、もうすでに廊下の椅子にゆかり子が座っていた。
「行こう」
さきほどと同じ場所を通って外へ出た。誰にも会わなかった。

門を出る直前にゆかり子は白衣を脱ぐとカバンにしまった。
「ゆかり子、先生って呼ばれてるの?」
「うん、まぁね。あそこで働く人は先生って呼ばれてる人ばっかりだよ」
「ふうん…」
「偉いわけじゃないんだけどね。いろんな資格持ってる人たちだから、そう呼ばれてるだけかな…そうそう、ショッピングモールのレストランいったでしょ?」
「トモヤと一緒に行ったよ」
「これやっぱりそうだよね?」
ゆかり子はカヲルにスマホを見せる。トモヤとカヲルが食事している様子が映っていた。
「これねお店のチェックしてたらでてきて思わずスクショしちゃったんだ」
それはあのレストランのホームページと思われるサイトだった。
「そういえば、あの時マネージャーって人にホームページに載せていいかって聞かれたね…じゃあ…そこのレストラン行ってご飯食べようか?お昼過ぎておなか空いちゃったよ」
「行こう行こう、私もお腹ぺこぺこだよ」
ふたりはショッピングモールのレストランへと向かった。







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