見出し画像

この世の主人公

ある日、男がコールドスリープに目覚めた。
意識がじわっと神経を透き通り、記憶の潤いが体に澄み渡る。
いつしかの世界ではコールドスリープが世界的にブー厶となり社会を超えて、世界現象を巻き起こした。
ミーハー気質がある男は勿論このブームメントに乗り込んだ一人である。
そして、長い長い年月を何十年、何百年とこの装置と共に過ごしていた。
こんなにも眠っていたのだから世間は一体どうなっているのか、そして今の人間の文明はどの様に進化を遂げているのか、とても気になる所であった。

だが一つ気になる節がある。
男の装置は入った時の装置とは違い随分と大きく成長していた。
周りにはバスタブ並の大きさの装置がびっしりと綺麗に何列も何列も並んでいる。男が入ったはずの装置はその一つだが今出てきた装置は部屋のど真ん中に位置している。
それは大きな大木の様で、まるで自分一人だけが優遇されたかの様な、得体のしれない違和感を覚えた。
自分が寝ていた時に何か起きて止むを得ずここに入れられたのかもしれない。心当たりもクソもないのでそう考えるほかない。
建物の出口まで続く道の両端には装置があり、この世界にもう一度帰還したことを祝福されるとばかりに群がっていた。
歩く途中、不意に魔が差し余計な右折。
そして装置を覗いた。だがそこに人はいなかった。自分より先に帰還したのだろうか。

扉の前に立ち、触れた瞬間、男は何十年もの間ハリボテだったこの扉に少し申し訳なさを感じた。この感情は興奮の産物。
さぁ遂に目の前に新しい世界が現れる。それは一体どんな顔を見せるのか。
「スファン!」
大きな風が体を撫で去ったその先にはまるで美術館のような世界が見晴らしの限界まで広がっていた。
男は階段を降りて全力で街へと駆け出した。
だが降りた先は期待外れだった。うす汚い建物と建物の間の暗い路地、変な形の人が描かれているポスターが無作為に貼られ、その上にはよくわからない文字が壁に濃く落書きがされていた。
どこかの未来でもまだ街は汚く憧れは完璧な完成度ではなく少し期待外れだった。周りは仄暗く居心地が悪かったのでさっき見た風景の方向へと急いだ。
ようやく建物の霧を越えて、青光る道に出た。
そこには漫画のように目が飛び出るほどの光景が広がっていた。
一軒家やマンション、道路が浮いているのである。それどころかその物々全てが展示されたモキュメントの様な形であった。地上にも建物があり近くので目を引いたのは全方向がガラス張りの立方体だ。これはマジックミラー的な物を使った家なのか、それともただの公園感覚で置かれた作品なのか全く見当がつかない。扉もなければ窓もない。
この時代には家の概念が随分と変わってしまっていた。
まるで先人達が思いを馳せた桃源郷の様でそれは自分を油として弾いているように感じた。
まぁ一種のカルチャーショックなのかもしれない。
とにかく歩いてみる。一旦歩いてみて状況を知ろうと思ったのだ。
道路標識も絵柄が変わっていてタコが何かを持っているようで何を伝えたいのかわからない。
「危なっ!」
突然隙間から出たものだから車にぶつかりそうになった。危うく衝突するところだったがあちらがギリギリでブレーキを掛け止まってくれたのだった。
謝ろうと思い車に顔を向けると気付いた。
これは車ではなくカプセルだ。
それに浮いている。浮きながら移動する夢にまで見た車の理想像。
今の人間はこれで移動しているのかと少し羨ましく思った。
少し考えてしまい硬直しているとカプセルが危険信号のランプのごとく赤く点滅して輝いた。早く謝ろうと近づくと、カプセルが横から縦向きに変わり、天井がいや前側がそっと開く。


「あっすいませんでした。少し焦っていたもので。………え?………」


そこから出てきたのは明らか人間と異なる種族、まるで宇宙人だった。
宇宙人が言った。
「縺茨シ滉ココ髢薙縺懷ュ伜惠縺吶k諤悶>縺ェ繧薙□縺翫∪縺」
男は本能で感じた奴は宇宙人だ。
「隴ヲ蟇溘↓騾壼?ア縺吶k!!」
怒っている。根拠は何も無いが謎言語の威勢でわかる。
こっちに来た。まずい。逃げろ。早く逃げろ。
死ぬぞ!
潜在意識が危険信号を発している。
ゾクリとした。後ろから気配を感じる。
振り返ると建物の脇からうじゃうじゃとうじ虫の様に宇宙人が湧いていた。
唖然としながらも状況に追いつこうと必至に考えた男はある可能性に気付いた。
もしかしたら奴らは人間の進化なのかもしれないと。
何十、何百と経てば言語も変化するだろう。そして変貌した体は人体の進化なのかもしれない。少し突飛な発想だが無いわけではない。
笑顔を作り今度は自分から近づいてみた。
瞬間、相手の目がギュインギュインと勢いよく伸び、男に向って飛んできた。ギリギリのところで避けたが、それが向かいの壁に当り粉砕した。
「あっ、これは人間じゃない宇宙人だ。」そう断定できた。
男は殺されるのだ。このまま呆然と立ち尽くしていたら奴らの目によって刺し殺されるのだ。
脳で感じるよりも素早く体がその場を拒否し、全力で息を吸う暇もないくらい疾走し、建物と建物の隙間の迷路へと入り込んだ。
あまりにも複雑なため元いた場所がわからなくなってしまった。男は取り敢えず何も居なそうな建物の中に身を潜めた。
淡白な色をした廊下には見覚えがある様な気がして少し落ち着けた。
それでも男は先程の体験が脳の大部分まで染み込んでいて不安と恐怖に駆られていた。
初めてだった。こういう体験は映画や漫画だけのものだと思っていたがまさかなんの取り柄も無い自分が主人公側に立つとは思いもしなかった。人間誰しも一度は夢に見る漫画の様な体験、実際に生身で感じるとここまで恐ろしいものなのかと実感する。
男は漫画で似たようなシチュエーションに遭遇した男の物語を思い出した。ある日街に円盤が現れてなかのエイリアン達が次々と人を近未来の兵器で殺戮していく。残された人間達は自分達の子孫だけは守るとコールドスリープ装置に入れ近未来に送る。
その何百年後に子孫が目覚めエイリアンだらけの世界で生活していくという物語だ。
背筋が凍った。
その物語のオチは残された人類が捕まってしまい全員殺され実験体として死体が使われるというところで終わる。
自分もそうなるのではと嫌でも思ってしまい絶望する。「こんなのあんまりだ」と不満を誰かにぶちまけたいがそれをする相手もいない。
もう諦めてしまおうか。
下向きな顔を無理やり上に向けた。
すると廊下の上に緑色に発光する非常口が見えた。
ハッとした。
非常口のピクトグラムが宇宙人の外見になっていたのだ。
「あぁそういうことか。」
男は何か今この現状に深く納得してしまった。
この今残る時代の名残達が更にそうさせた。
どうやら地球の主人公は随分と前に変わったらしい。
いや、この世の主人公が随分と前に変わってしまったらしい。
あの頃の世界は歩いてる者は全て人間で、政治や秩序、世界の運命は全て人間が握っていた。
周りのあれもこれも、全て人間が関わっていた。
何よりも、どの生物よりも深々と
人間の歴史、
人間の美術、
人間の考え、
人間の心を学んだ。
地球や宇宙の何処にもそれを超える生物は見つかっておらず、人間はいつもこの世で一番、知能、力、可能性に優れていた。
この世の中でヒエラルキー頂点は人間と決まっていて、いつも人間は主人公としてこの世の中のど真ん中に立っていた。
長い長い時代を人間一つで創り出し、数多の創作物を人間は作り出してきた。
映画や漫画、テレビなどの娯楽を創り出し、登場人物には必ず人間が出てくるか制作に関わりを持っていた。
宇宙人も妖怪も全て人間が創り出した戯言にすぎず現実には存在しないと皆思っていた。
擬人化という言葉があるくらいだ、もちろん動物や植物、無機物だって人間の時代だった。
神様もみな人間が創り出し、崇め奉りもしたが、それはやはり必ず人体の部位がついており、なにか全て何処か人間だった。
だから男は感じていた。
もしかしたら軸の神様とは別にいろいろな次元にも数々の種類として神様は存在している。
だからこの世の神様は人間なのではないか?と

だがそれは人間のこの世に過ぎなかったのだ。

現実は人間なんかを主人公になんかしてくれなかった。
散々自分達のエゴで自然や心、世界を破壊し尽くした悪役に過ぎなかった。
ただの勘違い雑魚。
今この地球にいる宇宙人こそがこの世の主人公であり、人間を殺すのは戦隊モノの悪役退治であったのだ。

ははっと悲しみで笑いが溢れた。
でもこれが真実だった。
諦めが開花した。
男は立ち上がり生きる希望ではなく、死ぬ勇気の理由を得た。
次の人生は神様になりたい。綺麗な世界の神様に。

男は外に戻り風が体を優しく撫でた。
建物を掻き分け、たどり着いた大通り。
宇宙人はこちらを探していたのか、何人もいた。
男は道を堂々と歩んだ。
宇宙人がこちらに気付いた。だがこの様に少し騒然としている。

「早く殺してくれ。」

その時だった。





「ズババババブフォォォォォォン!!!!」






物凄い音を立てて男の目の前に銀色の球体が現れた。
その球体は男達に考える暇も与えず、下の方から赤いレーザーが出てきては街を次々と爆発させていき、みるみるうち周りは崩壊していった。宇宙人達は男どころではなく、騒ぎ、混乱し、逃げていく。
男も少し混乱したが、その球体の下で体を大の字にして地べたに寝そべった。




「主人公は残酷だなぁ……」



そしてこの世の主人公がまた変わりだすという事を男は心と体で痛感した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?