嘘つき

梅雨の湿った風に吹かれいると
いつの間にかぼくと妻は
古ぼけた感じがする列車の
最後尾の座席に並んで腰掛けている
列車はカタンカタンと
紙のイメージの中を
ゆっくりとしたリズムで走り続ける
「点滅する踏切の警告灯」も
「民家の網戸から見える襖」も
「数えたシラサギの数」も
すべて文字でしかないのに
妻の手を握ると
二人とも生きているのが当然のように
汗ばんでいる
やがて列車は紙の縁にたどり着き
先頭車両から真っ逆さまに落ちていく
落ちた先には
普通の形のビジネスホテルがある
フロントで予約していた名前を告げ
部屋番号のついたキーを受け取る
靴を脱いでベッドに倒れこむ
妻がぼくの靴も揃えてくれる
年を取ったらきみの故郷に帰って死のう
そう言うと必ず
嘘つき
と妻は言う
 

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