たけだたもつ

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循環

ラクダの描き方ばかり 練習しているので わたしの動物園はいつも 鳴かないラクダで いっぱいになってしまう 園内を一周する小さな乗り物に お父さんがぽつり 乗っているのが見える 好きな形の帽子を被って 誰を拒むことなく 誰にも拒まれることなく 循環し続けている わたしは知ってる わたしのへその緒が切られたときも お父さんは 同じようにしていたことを そのときからわたしの 循環が始まったことも

    • 架空請求書

      壊れかけた百葉箱の中で眠っている僕の架空の妹 いろいろと短いのに産まれた順番だけで長女になってしまった 安心して眠れるように頭を撫でてあげるけれど 架空だから忘れられていくものがある 食卓には夕食が並んでいる、並べられている 並べているのは僕の実の兄 長男だから長い その一方で短い所も散見される 父はだらしなく座り、身体のほつれた箇所を繕っている その度に、はあ、はあ、と呼吸のような独り言が唇から洩れている だからいつしか僕の口癖も、はあ、はあ、となった 明日はお出かけよ、母

      • お花見

        部屋の中に桜が咲いて 僕ら三人は お花見をすることにした 見上げるだけでも 綺麗なのだけれど せっかくだから、と レジャーシートをひいて 君が作ったお弁当を食べた それからちょっぴりお酒を飲んで 娘は普段は飲めないジュースを 心ゆくまで堪能した そしてシートの上に寝転び そのまま三人で寝落ちした 手を繋ぐことが こんなにも温かいのだと じんわりと心に届く 目が覚めると 桜の木はどこにも見つからない 君も娘も 最初からいなかったように 部屋には誰もいない 僕の体があるのかどうか

        • 花見

          指先から こぼれ落ちていく あなた 残り香と 囁き 名前を書いただけで 手続きは簡単に終わった 繰り返される 日々も 生活も 日常も 時代という言葉に 擦り減っていく 儚さだけで 生きてはいけない それならばせめて 最期まで燃え尽きて 消えろ わたしもまた あなたの指先から こぼれ落ちていく 間際に二人で見上げた それはきっと 咲き始めたばかりの 桜だった

          春に沈む

          人が沈む 沈むのに言葉はいらない 臭い肉体が一欠片あれば良い 沈む先が行き先 水底ならばそれだけで幸せなことだ ただ沈め 美しい時代もある 酷い時代もある すべては時代が理解してくれる 吉田屋の水羊羹は食べたかい あれは美味しいよ 身体の一番遠い所まで甘さが行き渡る 生きている気持ちになる それなのに人はまだ 命の重さすら正確に量れない もうすっかり一面の春だ 乗り物置場に新しい乗り物が置かれていく 固く握ったそれが希望ならば 決して手放してはいけない どんなに小さくても い

          不在

          ある日、あたなの背中に 窓があるのを見つけた 開けてみると 普通に外の景色があった 眩しければ鳥になるといいよ とあなたが言うので わたしは鳥になって 空へと飛びたつしかなかった 空はあんなに青いのに どこまで行っても あの青に 包まれることはない 飛びたった窓が 開け放たれているのが見えて あなたがもう 不在であると知った

          嘘つき

          梅雨の湿った風に吹かれいると いつの間にかぼくと妻は 古ぼけた感じがする列車の 最後尾の座席に並んで腰掛けている 列車はカタンカタンと 紙のイメージの中を ゆっくりとしたリズムで走り続ける 「点滅する踏切の警告灯」も 「民家の網戸から見える襖」も 「数えたシラサギの数」も すべて文字でしかないのに 妻の手を握ると 二人とも生きているのが当然のように 汗ばんでいる やがて列車は紙の縁にたどり着き 先頭車両から真っ逆さまに落ちていく 落ちた先には 普通の形のビジネスホテルがある

          金魚すくい

           部屋の明かりが消えた。キッチンも、廊下も、 トイレも。カーテン越しに差し込む街灯や近所の 明かり。わたしの家だけが何事もなかったかのよ うに、暗闇の中、どこまでも透きとおって見えた。  山下さんに誘われてお通夜に行った。「あなた もお世話になったじゃない。」山下さんはそう言 うのだけれど、遺影を見ても、声や口癖さえ思い 出せない。ご焼香を済ませると、山下さんは他の グループの人たちと談笑しながら車に乗ってどこ かに行ってしまった。あの笑顔に憧れていたのだ、 初めて会った時

          新雪

          未明から降り始めた雪が 台所に積もっている 牧場の色彩を思いながら わたしは冷たいサラダを 二人分作った あなたはリビングで 新雪に埋もれたまま 詰将棋をしている 本を見ながら 何度も指し直して たぶん春になるまで ずっとそうしている 幸せではない時期が わたしたちにはあった 歯医者の予約だけが増えて その度に手帳を 買い替えていった 群れた羊を 諦めた牛のように 二人で眺め続けた ヒーターが欲しい あなたが言う わたしはそれよりも 台所の丁度この辺りに 真冬でも 凍ら

          焼き鳥

          ももを食べました 塩で食べました レバーを食べました タレで食べました 叔父が余命を宣告されました ねぎまを食べました 塩で食べました 十人いた父の兄弟姉妹の 最後の一人でした 父の葬式の夜 一晩中父を罵っていました わたしが子供の頃は あんなに優しくしてくれたのに 父と仲良しだと思っていたのに つくねを食べました タレで食べました 大人になると 見たくないものまで見えてしまう 明日お見舞いに行こうと思います ももを今度は 梅肉で食べました まだあの夜のことは

          病院

          廊下に咲いた花を 摘んで歩いているうちに 迷ってしまった 春の陽が差し始めた病室に 戻りたかっただけなのに 白い売店や 柔らかな窓ガラスに触れて いくつもの季節に 取り残されていった 日々の暮らしの中で 少し嫌な匂いがすると 看護師の薄いスクラブで 新しい親指が産まれている お医者さんが命に似たものの 問診をするけれど 何を差し出せばよいのか 本当は誰も知らない 海岸へと続く受付の所で 係の人が海風に揺れながら 息の継ぎ方を案内している 病室は今ごろ何度目かの 春の陽射しが溢

          波紋

          食べてすぐ横になると 牛になって 川まで来ていた 晴れたら洗濯をして 布団を干そうと思っていたけれど 雨も降り出して 残っているものもない これからの人生どうなるのだろう いや牛だから牛生か、なんて 細かいことが気になるのに 川辺の草を見るだけで よだれが出てくる 気がつくと隣には 一緒に牛になった君がいて 川面の波紋を眺めている 言葉で伝えなければいけないことが たくさんあったはずなのに 側にいるだけで 不思議と伝わっていく

          眠くなった海の話

          眠くなった海の話を しようと思った 暮らしていくことが 一日の中にあって 踏むこともたまにあり 替わりのものもいくつか 色で決めておいた 人は残していく 大切なもの 捨てられなかったガラクタ 命のない身体 命のある身体 葬儀の日にちが取れず 父はしばらくの間 防腐の処理をされ 居間のベッドに寝ていた ふくよかに見せようとしたのか こけていた頬などに 詰め物がしてあった 何か違う、と 母は不満そうだったけれど 朝、居間にいくと 父の上に 突っ伏したまま眠っていた 学生の時東京湾

          眠くなった海の話

          むかしばなし

          むかし、むかし いました あるところでした そんなものでした 流れていました よく見てください あれは桃です 大きさを見てください あれは大きいです 味が想像できますか ジューシーです スウィートです 少し視野を広く あちらの方 竹が光っています いいえ、それは違います 耳を澄ましてください 聞こえますね んふらこ とんふらこ どんぶらこ どんぶらこっこ 今まで聞いたことのない 不思議な音です 竹も光ります いいえ、それは違います せっかくなので 拾い上げてみましょう 拾い上

          むかしばなし

          目薬

          魚屋の片隅にあった目薬を買う お店の人と角膜や水晶体等について 少しだけ話した すぐ側で魚介類はそれぞれに 幸せそうな形で整然と並んでいた それから帰りの駅ではお腹が痛くて 膝を抱えたまま眠った どれくらいたったのか、眼が覚めると あたりはすっかり暗くなっていた 電気を落とした列車が 一番線のホームに停車していた 模型のような息だけが 唇のわずかな隙間から漏れていく ポケットから目薬を取り出す 透明な薬剤の中を 小さな魚が泳いでいる 今まで見たどの魚とも似ていて どの魚とも違

          信号待ち

          長い信号に引っ掛かった 本当に長くて 五十メートルくらいはあった 長いものには巻かれろ という言葉があるけれど 何かを巻くほどの 柔軟性はなさそうだし それならばいっそのこと 長いものはマカロニ の方がずっと美味しそうだ でもマカロニは そんなに長くはないし 長いものが欲しいならスパゲッティ ということになるけれど さすがのスパゲッティも 五十メートルはないし ぼくはマカロニの穴が大好物なのに そもそもスパゲッティには 穴が空いていない ドーナツを食べていると 昔の恋人はよく