見出し画像

盗む

私は落語が好きです。
噺を聴くだけでなく、あの社会の習慣や個々の噺家さんの考え方などを知るのも楽しみの一つです。
そんな中で、私が好きなことの一つは「芸は盗むもの」という言葉です。
教わるのではなく、あるいは、教わったままではなく、自分で考えて自分のやり方を見つけてゆく。
落語は筋書きはだいたい決まっていますが、どんな言葉を使うか、どんな表情や仕草をするかなど、すべて演者が決めます。
ですから、話の筋を覚えるだけでなく、その後、自分なりの工夫をしなくてはなりません。
そのために師匠や先輩の芸を見て、それを参考にしながら自分の芸を作り上げてゆきます。

それを「盗む」と表現していると私は解釈しています。

仕事でも同じことが言えるのではないでしょうか。
上司や先輩、あるいは同僚や後輩のやり方を「盗んで」自分のものにする。
このような姿勢が大切だと思います。

あるとき、職場の同僚(女性)から相談を受けました。
私より40歳近く年下の同僚です。
「社長名で社外に送る手紙を書かなくてはならないが、どう書いたら良いのか分からない」と。
彼女なりに作った文章を持ってきたので読んだところ、気になる点がいくつかありました。
彼女の職務経歴からすれば、仕方のないことでした。
そこで、文章全体の組み立てや言葉遣いなど、私の考えとおおよその文章案を伝えました。
しばらくして、書き直したものを見せに来ました。
大筋は私の案に沿っているものの、彼女なりに書き換えた部分が多々ありました。

「これは!」と思いました。

いえ、「せっかく私が考えたものを変えやがって!」ということではありません。
「素晴らしい!」と思ったのです。
私に言われたことをそのまま受け売りにするのではなく、私には見えない事情や彼女の考えを踏まえた内容になっていたからです。
私の案そのままだったら、むしろ、がっかりしたことでしょう。

また、最近、その女性からこんな相談を受けました。
・取引先から難題を要求されて困っている。
・上司に相談したところ、断るように言われた。
・どう断ったら良いのか知恵を借りたい。
そういったことでした。
その「難題」の概略も話してくれました。

それに対して私は、
「どう断るかとかできない理由を考えるよりも、どうしたらその難題を実現できるかを考えたほうが良い。そのほうがあなたのためにも、組織のためにもはるかに良いと思う。」と答えました。
彼女は納得し、数時間後に連絡が来ました。
その難題を実現する方法を考え、取引先にも上司にも了解してもらえた、と。
嬉しかったです。

こういう人はどんどん成長すると思います。
仕事の面でも、人としても。

私の考えや言うことが常に正しいとは思っていません。
時代や状況にそぐわないことも多々あるでしょう。
ですから、私が伝えることを参考にして自分のものを作りあげて欲しい。
彼女について、そう考えています。

「盗む」とはそういうことだと思います。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?