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短歌(和歌)のよみかた

年末実家に帰ってぼんやり紅白歌合戦を観ていたところ、審査員として俵万智さんが出ていらしてびっくり。お変わりなく可愛らしい人、というイメージ。
ちょうど俵さんの『短歌をよむ』を再読中だったのです。有名な「サラダ記念日」の歌の推敲について書かれている箇所が、今読むと示唆に富み過ぎている!

①試作その1
・工夫してカレー味の鳥のからあげを作ってみた
・「イケルね」と言ってもらえたことが嬉しかった
・その日を記念日と名づけたい気持ち
カレー味のからあげ君がおいしいと言った記念日六月七日(手帳に初めて記された形)

②試作その2
「カレー味がいいね」と君が言ったから今日はからあげ記念日とする(その他7パターンあり)

③完成形
・カレー味→しお味→この味
・からあげ→サラダ
・特別な日ではない、初夏
「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

①の段階ですでに定型(57577)に仕上がっている辺り、さすが俵さんほどの歌人ともなると、プロトタイプのレベルも高い…と感嘆するところですけども、とはいえ、完成作からすると未熟に見えます。その要因として、次の2点が主に挙げられます。

A∶題材
B∶語の繋げ方、構成

一目見て分かりやすいのはAです。すなわち、「カレー味のからあげ」が「サラダ」になり、「六月七日」が「七月六日」になっていることで、上の推敲過程の③に当たります。
ただし、B、すなわち推敲過程の②も軽視できません。一見地味な推敲のようですが、むしろ、私はこちらに注目したいのです。

①の試作版を、次のように分解すると、まさしく作者が、出来事を経て心の揺れ動きを感じたプロセスに完全一致します。

 ⅰ∶カレー味のからあげ(を作ってみた)
 ⅱ∶君が(からあげを)おいしいと言った
 ⅲ∶記念日(が)六月七日(である)

つまり、①は、実際の体験をその通りに表現に落とし込んで並べた、自然な形であるということです。
これを②の形に推敲するわけですが、②を先程と同じくパーツに分解してみると、

 ⅰ∶カレー味がいい【ね】
 ⅱ∶(ⅰ【と】君が言った【から】
 ⅲ∶(私が)今日はからあげ記念日とする

となるでしょうか(【 】の意味は別記事で後述します)。
①と②で、ⅰ〜ⅲの要素がほぼ対応しており、順番の入れ替えは無いものの、違っているのは字数です。①では、「カレー味もイケルね、と君が言った事実」の描写に第4句の途中までを要しているのに対し、②では第3句までに収めています。また、ⅲは、①で言葉足らずに詰め込んでいたものを、②では下の句に余裕ができた分、「今日を記念日と(制定)する」という能動的な行為として表現し得ており、作者の嬉しさや得意げな気分が良く伝わるようになっています。明らかに、②の方が完成度の高い推敲が成されているのです。
俵さんの場合、この推敲を成し遂げている秘密として、一つには彼女の真骨頂=臨場感のある台詞の駆使、が挙げられると思います。台詞が利いた歌、こんなのが思い浮かびますよね?

「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
「嫁さんになれよ」だなんて缶チューハイ二本で言ってしまっていいの

台詞を駆使することで、「事実」をコンパクトに、臨場感溢れる表現で描写できます。このテクニックで、上の句と下の句のバランスを取ることができたのですね。
或いは、もう一つ、以下のような「型」を参照したのかもしれません。

心ざし深く染めてし折りければ/消えあへぬ雪の花と見ゆらむ
神奈備の山を過ぎ行く秋なれば/龍田川にぞ幣は手向くる
同じ色に散りしまがへば/桜花ふりにし雪の形見とぞ見る

全て「〜だから、…だ」の理由の構文になっている古典和歌の例です。俵さんはもちろん古典和歌に関する教養もお持ちでしょうし、こうした構文を意識して採り入れた結果、「カレー味がいいねと君が言った」事実を理由として、「今日を記念日とする」という構成に仕上げたということも、十分考えられます。

さてここまで、俵万智さんの推敲例、特に①と②の分析比較を通じて、各語の繋げ方や一首の構成に関する彼女の手柄を見てきました。
実は今回の本題は、ここで説明してきたような分析手法を、古今集時代の和歌にも援用できるのではないか、ということだったりします。
その分析手法とは、

(1)推敲前の「元々の体験に即した自然な順序の形」を想定する。
(2)推敲前と推敲後について、パーツ分解を行う。
(3)推敲前の形が、どのようなパーツ移動や調整により、どのように推敲後の形に改良されたのかを考察する。

というプロセスです。

※次の記事に続きます。
※貫之の「自動詞」表現にもいずれ繋がる予定です。

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