【ショートショート】特別編「押さないでください」
次のバス停で降りるため、降車ボタンに人差し指を伸ばした時だった。
お降りの方は
このボタンを
押さないでください
――え?
ボタンに触れかけた指先が、一瞬止まる。一度、指先を引き、もう一度伸ばした時、
お降りの方は
このボタンを
押さないでください
念を押すようなその言葉が、再び、わたしを押しとどめた。
バス停が近づく。わたしの他に、ボタンを押す人はいない。
三度目の正直と、ボタンに指先を伸ばすも、「押さないでください」と書かれているボタンを押す勇気は、わたしにはなかった。
バスは止まらず、バス停を過ぎていった。
高校の入学祝いに、珍しく父に買ってもらった腕時計を見ると、午後2時46分を過ぎていた。
わたしは仕方なく、次のバス停で降りることにした。
おわり
※みなもすなるしょふとしょふとといふものを、われもしてみむとてするなり。
『灰かぶりの猫日記』より
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