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【シリーズ第52回:36歳でアメリカへ移住した女の話】

 このストーリーは、
 「音楽が暮らしに溶け込んだ町で暮らした~い!!」  
 と言って、36歳でシカゴへ移り住んだ女の話だ。
 前回の話はこちら↓

 キッチンに採用された中国人のおじさんは、英語が話せなかった。
 仕事を教える側も大変だったけれど、何を言われているのかわからない彼も、しんどかったに違いない。
 働き始めて3日目には、職場に現れなくなった。

 それからしばらくして、
 2人の黒人男性と、1人の中国人が採用された。
 2人はいとこ同士だ。
 小柄だけど、筋肉質のオーウェンは、30歳くらい。
 ひょろりと背の高いアントンは、オーウェンより少し年上に見える。
 オーウェンは私のアシスタント、アントンはブッサー(客が帰った後のテーブルの皿を下げる仕事)、そして中国人のおじさんは皿洗いが担当だ。

 私が働き始めて、はじめて見る黒人従業員だった。
 アントンは、いつも笑顔で、人当たりが良く、とにかく真面目に仕事をする。
 オーウェンは、頼んだことはするし、できるけれど、必要以上にがんばる様子はない。
 きっと、この仕事がしたかったわけではないのだろう。

 マイペースのオーウェンは、キッチンで流しているラジオ局をラップに変え、いつも歌いながら仕事をしていた。
 私とオーウェンはチームなので、話をすることも多い。
 ある日、同居人が黒人だと知ると、

 「ゆみこは、黒人が好きなんやー!」

 ものすごく嬉しそうな顔をした。
 
 彼らが暮らす、シカゴのウェストサイドには、ビジネスがない。
 仕事を得るために、ダウンタウンまで、出てくるしかなかったのだろう。
 特に好きな仕事でもない。
 白人だらけのダウンタウンで、働きたかったとは思えない。
 きっと、二人一緒だったから、出て来る気になったんじゃないかな?
 
 ”黒人好き”、が正しいかどうかは別にして、私が黒人と一緒に暮らしていることは、彼を安心させたようだ。
 
 それまでは、彼ひとりで歌っていたけれど、私にも歌詞を教えてくれるようになった。
 教えてもらったところで、ほとんど歌えないのだが。

 さて、中国人のおじさんは、やはり英語が話せなかった。 
 もしかしたら、同じ人だったのかもしれない。
 今回は、ディッシュウォッシャーだし、アランがマシンの使い方を教えたので、問題なし!

 ・・・と思っていたけれど、問題は起きた。
 ある日、マネージャーからおじさんに、業務連絡があった。
 機械の点検か、修理だったと思う。
 とにかく、これを伝えなければ、業務を円滑に進められなくなる、という内容だ。
 唯一、中国語を話せるアランは不在だった。

 マネージャーが説明したけれど、失敗に終わった。
 私は漢字を書いて説明しようとしたけれど、こちらも伝わらなかった。
 キッチンに入って来るウェイター、ウェイトレスも、トライした。
 けれども、皆、伝わらないとわかると、さっさと持ち場へ戻った。
 中には、おじさんを見下すような態度で、立ち去る人もいた。
 
 しかし、唯一、あきらめなかった人がいる。
 アントンだ。
 英語しか話せないのは、他の人と同じだ。
 けれどもアントンは、おじさんの目を見ながら、大きな声で、ゆっくりと、身振り手振りで、何度も繰り返し説明した。
 彼は純粋に、おじさんを助けようとしていた。
 

おじさんは理解しようと努力する気配すらない

 結局、アントンの奮闘が実を結ぶことはなかった。
 そして、おじさんは翌日から来なくなった。
 辞めたのか、クビになったのかはわからない。

 それから数週間後のことだ。
 出勤すると、アントンが必死になって、アランに何かを訴えていた。
 少し離れたところに立っているオーウェンは、鬼のような顔をしている。
 次の瞬間、アランがアントンを怒鳴った!
 アントンは店を飛び出し、オーウェンも、エプロンを地面に叩きつけて、その後を追った。
 アントンは泣いていた。

 何がなんだかわからない。
 
 「何があったん?」

 オマーに聞くと、

 「アントンが、仕事をさぼってタバコを吸ってたらしいよ」

 アントンが???
 どう考えても、彼が仕事をさぼるとは思えない。
 けれども、今更、何もできない。
 二人の後を追う間もなかった。
 
 翌日、新しいブッサーがやって来た。
 アランのガールフレンドの弟だった。
 アランが言わない限り、事実はわからない。
 けれども、彼は、美しいガールフレンドの弟を雇うために、アントンをクビにしたのだろう。

 アントンがターゲットになったのは、彼が黒人だったからに違いない。
 大人の彼が、泣きながら出て行った。
 誤解による解雇に対してではなく、黒人なら粗末に扱ってもいいという、理不尽な人種差別に対してだったと思う。
 オーウェンが、エプロンを叩き付けて後を追ったのも、そのやり場のない怒りからだったに違いない。
 アメリカの黒人は、白人だけではなく、移民のアジア人からも差別を受ける。

 腹が立つーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!


 あの時、彼らの間に入ることができたら・・・
 アランの理不尽な解雇に対し、私もエプロンを叩きつけて、彼らの後を追っていたら・・・
 彼らに味方がいることを、示すことができたかもしれないのに。

 うわーーーーーーーーーーーーーーーーっん!!!

 なんで、あの時に何もできなかったんだーーー!!!

 自分の機転の悪さに腹が立ち、かなり長い間、この後悔は続いた。
 アランに対する怒りも続いた。
 

 しばらくして、石さんが不在の時に、アランが石さんと違うやり方を、キッチンに求めてきた。
 このようなことは初めてではない。
 アランはオーナーだし、石さんは直接の上司だし、私たちキッチンメンバーは迷惑をしていた。
 いつもなら、アランの強引さに押されて、言うことを聞く。 
 けれども、アランに対する不信感、怒りは、私の中に沸々と残っていた。

 プッチン・・・

 「二人から違うこと言われて、私たちは迷惑してるんです!
 なんで石さんと話ししないんですか?
 どっちかに決めてください!
 石さんがオーケーしない限り、私はやりませんっ!!!」

 という内容を、下手な英語でまくし立てた挙句、

 「ステューピッド(バカバカしくてやってられない)!!!」

 と言い捨てた。

 別にバカバカしいと思っていたわけではない。
 知っている単語が少ないので、喧嘩や文句を言うときに、出てきそうな単語が、口から飛び出しただけだった。

「・・・わかった」

 驚きのあまり、まん丸の目をしたまま、アランは石さんに電話をかけに行った。

 何もしていないアントンがクビになって、アランに向って”ステューピッド!”と言った私はクビにならなかった。

 なんだかな・・・何もかもスッキリしなかった。

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