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【シリーズ第77回:36歳でアメリカへ移住した女の話】

 このストーリーは、
 「音楽が暮らしに溶け込んだ町で暮らした~い!!」  
 と言って、36歳でシカゴへ移り住んだ女の話だ。
 前回の話はこちら↓

 「独立記念日を境に、シアトルは夏になるよ」
 
 シアトルに引越してきた時に教えられた。
 
 「独立記念日に変わるの?」
 「多少のずれはあるけど、毎年この頃に、夏になる」

 誰と会話をしたのか思い出せないけれど、自信満々で言われたことは覚えている。
 そして、2008年の独立記念日。

 夏になった!
 
 ピカピカのお天気だ!
 これから数か月、どんよりから解放されて、明るく爽やかな夏の天気が続く。
 気持ちいいぞー!
 そして・・・

 同居人は、この素晴らしい季節に無職になった!

 しばらくはお金の心配もしなくていい。
 息子は近くにいるし、暮らす家はあるし、食べる心配もしなくていい。
 ほぼ完璧だ!
 足りないものは・・・

 遊び相手だ!

 彼のターゲットは3人。
 息子、お友達のマイク、そして私だ。

 もちろん、誰よりも息子と一緒に遊びたい。
 ところがティーンエイジャーは忙しい。
 授業が終わればバスケットの練習、バスケットのない日は友人との約束、予定がいっぱいだ。
 以前は家を訪ねていたけれど、息子のママと息子の前で喧嘩はしたくない。
 お家を訪ねるのはやめて、外で息子とだけ会うようにしたら、自動的に会えるチャンスが減った。

 マイクは、シアトルで唯一の黒人友達だ。
 嫁と娘と3人で暮らすマイクは、害虫駆除ビジネスを経営している。
 長い時間はとれないけれど、オフィスや家を訪ねては、1時間ほど会話を楽しんでいた。
 ところがこの2人、主張がぶつかり、よく言い争いをする。
  
 「あいつ、白人の前では白人みたいな話し方するねん!
 俺と話してる時は黒人やのに、電話がかかってきたら、突然白人に変わるねん!
 ハロー、ハウ・ユー・ドゥ―イング・・・オー、イエス・・・
 黒人としての誇りはないんかーーー!」

 ぷりぷり怒りながら帰宅する。
 シアトルには、マイクのように、普段は黒人なのに、白人と話すときだけ白人に変わる人がいる。
 シカゴと違い、黒人と話す機会が少ないので、白人のイントネーションがうつるのかもしれない。
 白人社会でビジネスをする場合、白人のような話し方をしたほうが有利なのかもしれない。
 そのことを言うと、

 「そんなこと知るか!
 オバマ大統領はホワイトハウスにおっても、ずっと黒人や!

 白人にしか発注せえへん家の害虫駆除なんかするな!
 電話で白人でも、駆除に行ったら黒人やってバレるんや!
 それやったら、最初から堂々と黒人でおれーーー!」

 確かに・・・。
 誇り高い黒人の彼は、”黒人”のいかなる部分もあきらめない。
 相手が誰であろうが、媚びは売らないという信念がある。

🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸
 シュガー・ブルーは、彼にはじめて仕事を依頼するとき、

 「お前、俺の曲弾けるんか(Do you think you can play my shit)?」

 と聞いたそうだ。
 ”Shit”はスラングで、インフォーマルな放送禁止用語だ。
 ”うんこ”という意味だけれど、名詞、動詞、形容詞、形を変えて使われる。
 いずれにしても、仕事を依頼する時に使われるべきではないし、彼に対するリスペクトはゼロだ。 
 1949年、ニューヨークのハーレム育ちと聞いただけで、楽な人生ではなかったことが想像できる。
 グラミー・ウィナーだし、まだ若かったし、ピキピキに尖っていても不思議はない。
 とはいえ、それとこれとは関係ない。
 彼はブルーを一瞥しただけで、返事もしなかった。
 
 ジミー・ジョンソンのバンドに入ってすぐの頃だ。
 内容は忘れてしまったけれど、ジミーが、彼を見下すようなことを言った。
 
 「ファック・ユー」

 大御所のジミーにそんなことを言う人は周囲にいなかったのだろう。
 ジミーはびっくりして、

 「聞いた?今、聞いた?こいつが俺に言ったこと聞いた?」

 と周囲の人に確認していたそうだ。

 「俺は、誰に対しても礼儀正しいし、誰のこともリスペクトする。
 でも、相手が俺を見下したら、相手が後悔するくらい、俺はそれ以上のことをする。
 俺は誰の奴隷にもならん!」

 きっぱり!
 私は、彼のそういうところが好きなのだ😁
 
 彼は、ジミー・ジョンソンのバンドを辞めなかったし、後にシュガー・ブルーのバンドでも演奏していた。
 世代も上で、厳しい時代を生きていた二人は、同居人がどういうタイプの人間か、すぐに理解してくれたのだろう。
 誇り高く生きようとする若い黒人を、彼らが嫌いになることはないような気がする。
🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸 

 彼がマイクに対して怒るのは、単に黒人という理由だけではない。
 マイクが、人種差別の激しいミシガン州で育っているからだ。 
 
 「白人から差別を受けてきたお前が、白人に媚びを売るなー!
 黒人としての誇りはないんかー!」
  

 ということだ。

 マーティン・ルーサー・キング・ジュニア・デイの口論は、いつも以上に激しかった。

 「あいつ、黒人のくせにキング牧師のことを悪く言うねん!
 キング牧師は俺ら黒人のために戦って、棺桶に入ってんぞ!
 あいつは黒人ちゃう!」
 
 「なんでキング牧師の悪口言わなあかんの?」

 「知るかーーー!くそマイク!あんな奴とは二度と会わへん!」
 
 イスラム教徒のマイクが、キング牧師の非暴力主義を批判したのだろうか?

 「イスラム教徒の前に、お前は黒人じゃー!」

 すごい剣幕だ。
 気持ちはわかる。
 文句を言い足りなかったようで、電話をかけて、もう一度喧嘩をしている。

 これでマイクとの友情も終わりかな?と思った。
 ところが、お互い黒人の友達には飢えている。
 しばらくすると、どちらからともなく連絡を取り、会いに行く。

 「やっぱり、俺はマイクなんか嫌いや!」

 また喧嘩をして帰って来る。
 キング牧師のことはともかく、二人とも主張するので、収拾がつかなくなるようだ。

 「そうやな、そういう考え方もあるな」

 というフレーズは、彼らの間にはない。 
 長くなったけれど、こういう事情で、マイクとは会える時期と会えない時期がある。

 彼に残された遊び相手は・・・私だ。
 しかも学校は夏休み。
 バイトが休みの日になると、彼がウキウキしながら聞いてくる。

 「ウォーキングに行く?それともバイクライド?」

 毎度毎度、同じチョイスしかない。

 「どっちでもええ」
 「どっちか決めろ!俺ばっかりに決めさせるな!」
 「どっちも自分がしたいことで、私がしたいことちゃうやん!」
 「何がしたいねん!他に何があるねん!」
 「普通チョイスっていうのは、自分がしたいことと、相手がしたいことが混じってるんちゃうの?
 たまにはウォーキング?それともダウンタウン?とか、バイクライド?それともクラブ?とかないの?」

 と言ってみる。
 けれども、ダウンタウンへ行ったところで、見るからに楽しくなさそうな彼の姿が目に浮かぶ。
 ・・・どちらかを選ぶ。
 気を取り直して外に出るが、ここでも別の質問が待っている。

 「右行く?左行く?」
 「どっちでもええ」
 「どっちか言えや!お前にチョイスを与えてるやん!
 選ばせてるのに、チョイスがないとか文句言うな!」
 「右とか左とか、そんなんどっちでもいいねん!
 シアトルかシカゴとか、もうちょっと重要な質問できへんの?」
 「なんで、あんな汚いシカゴがええねん!?
 危ないし、汚いし、差別ばっかりで、最悪の街やん!」
 「音楽あるし、都会やし、美味しいレストランはいっぱいあるし、ええとこいっぱいあるやん!」
 「俺はシカゴで育ったんや!俺はシカゴを知ってる!
 3年くらい住んだだけで、シカゴを語るな!」

 「知らんでも語る権利はあるーーー!」

毎回喧嘩をする学びのないた私たち

 この時は気付かなかったけれど、シカゴシックの私は、誰かの同意、共感が欲しかったのだと思う。

 「そうやな、シカゴみたいに、ええ音楽は聞かれへんもんなぁ。
 俺も演奏したいけど、お前もええ音楽聞きたいよなぁ」
 
 と同意、共感してくれれば、私はそれで満足したはずだ。
 ところが、彼には彼の主張がある。 
 プチ鬱&シカゴシックの私も、シカゴがトピックになると、自分の主張を決して曲げない。
 結果、出かけるたびに大喧嘩。マイクのことを偉そうには言えない。

 それでも、休みになるといつも二人でお散歩をする。
 私にも遊び相手がいないからだ。
 
 我々には、二人でいるというチョイスしかない。😁

🎵🎵🎵
 Sugar BlueのアルバムThresholdより、”Messin'with the Kid”
 オリジナルはジュニア・ウェルズ(Junior Wells)。
 この曲は、日本人ギターリスト、牧野元昭氏のアレンジで、めちゃめちゃカッコいい。
 ドラマーは、シカゴが誇るドラマー、故ジェイムズ・ノウルズ(James Knowles)。
 キーボードは、イタリア人のダミアノ・デラ・トーレ(Damiano Della Torre)。大好きなキーボーディストのひとりだ。
 ベースは同居人です。


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