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【第3話】36歳でアメリカへ移住した女の話 Part.2

 このストーリーは、
 「音楽が暮らしに溶け込んだ町で暮らした~い!!」  
 と言って、36歳でシカゴへ移り住んだ女の話だ。
 前回の話はこちら⇩

 シアトルは10月頃から雨が降り始め、3月末までは、悲しいくらいどんよりと薄暗い日が続く。
 4月に入ると、午後から太陽が出る日も増えてくるけれど、スカっと雨が降らなくなるのは7月に入ってからだ。
 
 我々が暮らすアパートの敷地内には、小川が流れ、美しい常緑性の針葉樹がたくさん生えている。
 シアトルの”湿気”をよく知らなかった私たちは、小川が地面をウェットに保ち、針葉樹が太陽の光をブロックするなんて、思いもしなかった。

⇩自然に囲まれた、美しいアパートを発見した時の話

 我々の部屋は2階で、周囲に高い木はなかったけれど、玄関のドアの隙間からは、常に湿った空気が入ってきた。
 部屋の窓は、リヴィングルームとベッドルームに1つずつあるけれど、東向きなので、午前中にお日様が出なければ、終日、光が差し込むことはない。 
 まるで洞窟だ。

 さて、太陽が当たらない日が続くとどうなるか?

 絨毯からきのこが生えてきたー!🍄🍄🍄

 「見てー!!きのこやで!」

 「お前好きやん!食うとけ!」

 「食えるかな?」

 「いっつも食べてるのと似てるやん」

 「しめじか・・・」

 ふたりでひとしきり盛り上がり、きのこ狩りをした。

部屋にきのこが生えてきて盛り上がる二人

 きのこは狩っても狩っても、すぐに次のきのこが生えてきた。

 「売るか?」

 「ハウス栽培?」

 こんな風に楽しめるのも、最初の2回くらいだ。
 その後は、生えてくるきのこを、憎々しく引きちぎり、ゴミ箱に投げ捨てる。

 それからしばらくして、部屋のコーナーに、黒カビを発見した。
 それを見た瞬間、彼はカビアレルギーになった。
 カビアレルギーになった気になった?・・・と思ったけれど、後に検査をすると、ホントにアレルギーだった。
 ある日、バイトから帰宅すると、マスク、水中眼鏡、帽子、ゴム手袋でフル装備をした彼が、右手にアルコールの入ったスプレー、左手に雑巾を持って出迎えてくれた。
 カビ退治をしていたようだ。
 翌日も、翌々日も、彼は、カビ撃退のためにがんばった。
 けれども、雨は毎日降り、部屋にお日様が当たることはない。
 カビの勢力は、常に彼をリードした。
 終日カビと共にいる彼の表情が、次第に恐ろしくなっていく。

 ということで、我々は陽当たりの良い、明るいアパートへ、引越しすることにした。
 今回は、ダンナもアパート探しに積極的だ。
 陽当たり良好、手頃な家賃のアパートを見つけ、

 「見学へ行くぞー!」

 となった時、悲しい事実に気が付いた。
 ミュージシャンもベビーシッターも、職業として認められていなかった。
 要するに・・・

 私たちにはアパートを借りる実力がなーい!!
 
 そのことを知った友人が、”ようこさん”という方を紹介してくれた。
 ようこさんは、ちょうどベースメントに住んでくれる人を探していた。
 ダンナにそのことを話すと、

 「その人、俺が黒人って知ってるん?」

 と聞いてきた。
 そうだった・・・。
 最近の問題は、きのこやカビだったので、すっかり忘れていた。 
 初対面の人に対する、彼の緊張は、私のそれと同質のものではない。
 差別をする人かどうか、彼は常に警戒している。
 差別をする人に出会ってしまった時は、決して怯まず、果敢に立ち向かう。
 けれども、心の中は悲しみでいっぱいだ。
 差別される可能性を考えず、外に飛び出せる私は、とんでもなく幸せだと改めて気付く。

 黒人に対して、ネガティヴな意識を持っている人に、わざわざ会う必要はない。
 私は、ようこさんに電話をして、ダイレクトに聞くことにした。 

 「うちのダンナは黒人なんですけど、構いませんか?」

 「あなた、何を言ってるの?この国では、私たち日本人がよそ者なのよ」

 1967年に渡米し、ダンサー、現在は振付師として活躍されている彼女の声に、躊躇や嘘は感じられなかった。
 ダンナにようこさんの言葉を伝え、彼女のお宅へうかがった。

 ようこさんのお宅には、綺麗に手入れされた広い庭があった。
 日当たりも良く、とても明るい。
 書道家としても活躍されている彼女の部屋は、整然と、とても落ち着いた雰囲気だ。
 すべての部屋を見せていただいた後、ようこさんとダンナが話し始めた。
 世界中を旅しているようこさんは、彼の大好きなパリについても、とても詳しかった。

 「そうね、パリでは、黒人がキングのように大きく腕をふって歩いていたわ・・・」

 ゆったりと、自信に満ち溢れた話し方に、思わず聞き惚れた。
 彼女の話す全てのことが、数々の経験と事実に基づいているからだろう。
 そんなようこさんの不思議なパワーに魅了されたのは、私だけではなかった。
 彼は、この国の差別や、彼の人生について話し始めた。
 そして、時々どうしようもない悲しみに襲われて、椅子から立ち上がれなくなることまで話している。
 ようこさんは、籐の椅子にゆったりと腰かけて、彼の話を聞いている。
 まるで熟練のカウンセラーだ。
 話を聞いていたようこさんが、静かに彼に尋ねた。

 「それで、あなた、今はどうなの?彼女と結婚して何が変わったの?」

 「・・・椅子から動かれへんときに、部屋に入ってきた彼女に、”どうしたん?気分悪いん?”て、聞かれたら、”あぁ・・・がんばらなあかん。俺は彼女を愛してると思うから、がんばらなあかん”て・・・思う・・・」

 「えっ?!」

 びっくりして声が出た。

 ”愛してる”って言った?!

 我々夫婦の間で、”愛”という単語が出たのははじめてだ!

 私は、出会った時の”I love you事件”にこりて、その日以降、決してこのフレーズを使わなかった。

⇩I love you 事件

 ダンナも言わなかったけれど、彼の場合は少し事情が違う。

 「俺は誰のことも愛してない。息子以外は誰も愛してない。
 お前のこともきっと愛してないと思う
 今後、人を愛せるようになれるかどうかもわからん」

 相手が私じゃなくても愛せないのであれば、これは私の問題ではなく、彼自身の問題だ。
 私にできることは何もないので、はいはいと聞き流していた。
 結婚も、ヴィザ維持のために大急ぎでしたので、まぁ、愛がなくても驚きはしない。
 
 ところが!

 この男は”愛してる”と言った。
 厳密には、”愛してると思う(I think I love her)”だけれど、そんなことはどうでもいい。
 ”愛してないと思う”から、”愛してると思う”に変わっただけでもすごい!
 そして何よりも、私のためにがんばろうと思っていることが嬉しいぞ!
 

 さて、ようこさんのお宅も、ようこさんも素晴らしかったけれど、お部屋は借りないことにした。
 やはり、他人のお宅で暮らすと、色々気を遣う。
 我々は健康な大人なので、自分たちの力でアパートを借りるべきだ!
 そして、アパートを借りるためには、どちらかが就職しなければならない。

 ダンナに愛されているかもしれない私は、翌日から就職活動を開始した。

最後まで読んでくださってありがとうございます!頂いたサポートは、社会に還元する形で使わせていただきたいと思いまーす!