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【シリーズ第64回:36歳でアメリカへ移住した女の話】

 このストーリーは、
 「音楽が暮らしに溶け込んだ町で暮らした~い!!」  
 と言って、36歳でシカゴへ移り住んだ女の話だ。
 前回の話はこちら↓

 「シアトルに引っ越ししたいと思わへん?」

 「思わへん」

 同居人は、毎年春になると、シアトルで暮らす息子を訪ね、1週間ほど親子の時間を満喫する。
 1年前も、オヘア空港へピックアップに行った際、車の中で、同じ会話をした記憶がある。
 前回は、お断りした後、それきりになった。
 けれども、今回は違った。

「シアトルは色とりどりの花が咲き乱れて、めっちゃ美しいで!ホンマに美しい!
 シカゴみたいに汚い場所におることないやん」

 事あるごとに、シアトルの美しさを語る。
 出かけるたびに語る。
 バーベキューをしながら語る。
 とはいえ、同居人と、シアトルへ引越しする気はない。

 そもそもシアトルってどこだ?
 彼の息子が住んでいる都市、という以外のインフォメーションはない。

*シアトルの息子の話⇩

 日本にいる頃から、音楽を聞くためにアメリカを訪れていたけれど、いちどたりとも引っかからなかった町だ。
 つまり、私好みの音楽が存在しないと考えていい。

 興味ゼロ!!

 とはいうものの、何も知らずに断り続けるのもどうかと思う。
 ちょっと調べてみることにした。
 まずは音楽情報。
 シアトルのあるワシントン州で検索すると・・・出てくる出てくる!!
 私好みのクラブがどんどん出てくる!
 
 わーい!!!
 行きたーーーい!!!

 「シアトルにも音楽あるやん!」

 「それはワシントンDC、シアトルはワシントン州」

 「・・・???」

 シアトルはワシントンDCではないことくらい知っている。
 シアトルはウェストコースト、ワシントンDCはイーストコーストということも知っている。
 けれども、ワシントンといえばDCだ。
 もしかして、ワシントン州の存在を知らなかった?
 たまに、自分の知能指数に不安を感じる。

 そう、シアトルはワシントン州にあり、アメリカのノースウェスト、カナダの南側に位置する。
 自然に恵まれた美しい町で、国立公園もたくさんある。
 驚いたことに、私の故郷、神戸と姉妹都市だった。
 シアトル出身のミュージシャンといえば、ジミー・ヘンドリックス。
 オルタナティヴロックが主流だけれど、聞こうと思ったことがない。

 ・・・絶対に行きたくない。
 
 シカゴ以外の町にも興味はあるけれど、どうせなら、のほほ~んとした、生活感のないウェストコースト(私個人のイメージです)より、ギンギンギラギラしたイーストコーストに行きたい。

 とはいえ私の場合は、場所より先に、語学学校のある町を選ばなければならない。
 しかも格安の。
 学生ヴィザの有効期限はあと2年半。
 すでに、大学進学はあきらめていたけれど、とりあえず、残りの2年半は、学生を続けるつもりだった。
 とはいえ、高い学費を払い続けることはできない。
 この時、私が通っていた語学学校は、学費も安く、授業回数も少なかったので、アルバイトをする時間がたっぷりあった。
 ヴィザを維持しながら、学費と生活費を稼ぐことが可能だった。
 
 ところが、シアトルにそのような学校は存在しない。
 好き嫌いを除いても、シアトルへの引越しにより、私は多くのリスクを背負うことになる。

 「シアトルには、今通っているような学校はないねん。
 学費が払えなかったら、日本に帰らなあかんやん」

 「シカゴにあったらシアトルにもあるやろ」

 「ない。探したもん。
 それに、音楽のない町になんか行きたくないわ。
 ミュージシャンのキャリアはどうするのー?
 音楽やめたらあかんやん」

 「音楽はある。
 息子のママも、ケニーもいっぱいあるって言うてたから大丈夫」

 彼は、息子のママや、シカゴからシアトルへ移り住んだケニーというミュージシャン友達に、毎日のように電話をし、情報を集めていた。

 しかーし、そう簡単に信用するわけにはいかない。
 私の調査によると、私のニーズに合った学校も、音楽もシアトルにはない!!
 こちらも真剣だ。

 「子供もおらんのに、音楽が聞かれへん街になんか住みたくない!
 興味のない街で、仕事するだけの人生なんかいややー!
 音楽のある街に住みたくて、アメリカに来てんで。
 簡単にあきらめるわけにはいかんねん!」

 「わかった。音楽がなかったら、子供つくったらええやん。
 それとも今欲しい?」

 「ちゃうーーーっ!!
 なんで私が、住みたくないシアトルで暮らすために、子供を産まなあかんねーんっ!」

 「ふーん、そうなん?
 息子も兄弟欲しいって言うてるで」

 こらーーーっ!!
 なんで同居人の息子のために、出産せなあかんねんーーーっ!!
 うぅぅぅ・・・何を言われても、どう考えても、シカゴを離れたくない!
 ヴィザが維持できるなら、ニューヨークやDCなら行ってみたい。
 けれどもシアトルに、魅力はなーいっ!! 

 これは、心を込めて、私の気持ちをきちんと伝えるべきだ。

 「私はやっぱりシカゴが好きやし、シアトルには行かれへん」

 ある日、きちんと向き合って伝えてみた。
 すると、珍しく同居人も、しんみりと語り始めた。

 「俺、最初の息子を亡くしてるから、シアトルにおる息子は特別やねん。 
 ティーンエイジャーになって、あいつも父親を必要としてる。
 俺のパパは、俺が3歳のときに俺とママを捨てて、他の女のとこに移り住んだやろ。
 俺は息子に同じ思いをさせたくない。
 父親として近くにおりたい。
 俺は今まで、息子のことばっかり考えて生きてきてん」

 ・・・このことは、少し前に話してくれた。
 彼は若い頃に、3歳になる息子を亡くしている。
 シアトルで暮らす息子のママは別の女性で、結婚はしていない。
 彼女の望みは、美しい子供を持つことで、共に生きていくパートナーではなかった。
 そんな彼女は、子供が産まれると、彼を残して行方不明になった。
 男女のことなので、彼から聞く内容だけがすべてだとは思っていない。
 けれども、息子を亡くした彼が、再び子供を失った悲しみは計り知れない。
 その後、息子と会えるようになった彼は、年に二回、親子だけで過ごす時間が唯一の喜びだった。
 そして今年の春、

 「シアトルで暮らして欲しい」

 と彼の息子が言った。
 彼がシアトルに引越ししたいのは、当然だ。
  
 それにしても、なんで私と一緒にシアトルに行きたいんだ?
 同居人から多少昇進したかもしれないけれど、二人の間に愛があるとは思えない。
 お金???としたら、貧乏学生の私は選んだ時点でハズレだ。
 彼がその気になれば、お金を出してくれる女性はいくらでも見つかるだろう。
 とはいえ、女を利用するタイプとは思えない。

 「どんなに考えても、シアトルには行きたくないねん。
 ごめんやけど、ひとりで行ってくれる?」

 「・・・でもな、お前と一緒に暮らすようになって3年くらい経つやろ?
 犬でも3年一緒におったら情がわくやん。
 俺、こんな危険なシカゴにお前ひとりをおいて行くのは心配やねん。
 お前を残して俺ひとりでは行かれへんわ・・・」

 ・・・犬・・・って・・・。
 笑うところ?と思ったけれど、どうやら違うらしい。
 彼の表情は真剣だ。

わんちゃんでーす🎵

 確かに、彼が仕事から戻る明け方には、私は帰宅してアパートにいる。
 言葉もまともに通じないので、文句も言わない。
 彼からすると小さいし、ずっとチョロチョロ動いているし、確かに、犬っぽい。

 きっと、本当に置いていけないくらい心配なんだろうなぁ・・・。

 その瞬間、私は決意した。

 私は、私のことを愛犬のように思ってくれている同居人と、縁もゆかりも興味もないシアトルに、引越しするぞーーーっ!!!


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