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法然上人と浄土宗の宝物大集合【国立博物館】

現代を生きる我々にとって、仏教とは人々を救う仏様に導かれて極楽往生出来るように願う宗教です。よほどの極悪人はともかく、基本的に人は極楽に行くものというイメージがありますよね。

でも歴史を紐解けば、選ばれた人しか救われないとされていた時代もありました。例えば平安時代の仏教(密教メイン)は国家鎮護および財力を持ち教義を知る貴族層のための宗教であって、無知な民衆に救いはありませんでした
「それはおかしい!」と訴えた改革者たちが現代に続く仏教観を作っていったのですが、その中に源空という僧侶がいました。
平安時代末期、万人を救済するため専修念仏の概念を広め、浄土宗を創始した偉大な僧侶・法然房源空、すなわち法然です。

日本仏教史上に燦然と輝く彼は、真言宗を創始した弘法大師と同じく、没後間もない時期から半ば伝説の人物として様々な逸話に彩られてきました。

東京国立博物館で開催中の展覧会『法然と極楽浄土』は法然の教義に関する資料のみならず、彼の生涯を伝説化して描いた『法然上人絵巻』、そして鎌倉時代以降の浄土宗の関連資料を集め、時代ごとに概観していくザ・浄土宗アート&カルチャー展覧会

展示されている品々は13~14世紀のものが多く、残っているだけで貴重な資料ばかり。京都・知恩院に伝来した物品を中心に、浄土宗初期からの変遷を辿っていました。
この記事では、そんな展覧会の感想をまとめていきます。

(ところで、浄土ってpure landって訳すんですか!? 純粋な土地とは…?)

開催概要

注意点:
・この展覧会は京都と九州国立博物館への巡回が予定されており、会場ごとに出品物が異なるとのこと。
・東京会場だけでも全8期間で展示内容が変わるややこしい仕様。この記事は期間3(4/30~5/6)の内容で書いています。
・古い年代の展示品が多く、退色や黄ばみ黒ずみで絵がほぼ見えない展示品もあります。作品保護のため、照明も暗め。単眼鏡・双眼鏡を使って補助すると少し見やすいです。

GWの平日に観覧。人混みはそれほどではありませんでしたが、絵巻など鑑賞に時間がかかる展示は立ち止まりながら見ました。平日でこうなので、休日はかなり混み合うかもしれません。


展示の様子

展示テーマは全4章で構成。
1章は『法然とその時代』と題し、法然の生きた平安末期~鎌倉初期にかけての仏教資料と法然上人伝説の絵を展示しています。

特筆すべきはずらりと並んだ法然の肖像の数々。教科書で見たものもあれば、普段見る機会のない珍しいものまで肖像大集結。どれも何となく似ている印象なので、ある程度生前の法然さんに近いかもしれませんね。

『法然上人像(隆信御影)』の一部 知恩院蔵
柔和な良いお顔の肖像画

法然上人絵伝』は巻物や絵本のかたちで法然の一生と当時良く知られていたエピソードを紹介するもの。
知恩院に伝来する48巻本の国宝絵巻のほか、異本断片ふくめ約10種類が展示されています。これだけまとまった数を見る機会はあまりなく、見比べて楽しめる贅沢な空間です。

『大原勝林院における顕真法印らとの法談(法然上人絵伝 第14巻)』 知恩院蔵

また、後に法然の弟子となった武将・熊谷直実の直筆文書も展示。『平家物語 敦盛の最後』で若き敦盛卿の首を落とすシーンは教科書で読まれた方も多いのではないでしょうか?
数百年の時を超えて彼らの足跡が残っている――物語と史実がリンクする感覚に感動。


第二章は『阿弥陀仏の世界』。
浄土宗の祈りの言葉・南無阿弥陀仏で知られる一切衆生救済の仏様について、立像や来迎図から探っていきます。

まず印象深かった展示品は、阿弥陀寺の『紫檀塗螺鈿厨子』。阿弥陀三尊の仏像が中央に、それを囲む厨子の三方の内壁面にびっしりと小さな仏像を並べて千体仏だそうです。本当にぎっしり詰まっていて、近くで見ると迫力満点。
厨子の外側は名前の通りの漆塗りで、細かな螺鈿装飾を散らしています。ぐるりと一周すると、光の当たり具合で色が変わり、きらきら輝く細工が美しい逸品です。裏側まで見る人は少ないですが、勿体ないのでぜひ。


また、本展イメージポスターでもある国宝『阿弥陀二十五菩薩来迎図』、別名『早来迎』も印象深いです。来迎図といえば臨終の際、金色の仏様が天からお迎えに来てくれる様子を描いたありがたい絵ですが、本作に限っては妙に角度が急でインパクト大。昔の人も同じように感じたようで、猛スピードでお迎えに来た阿弥陀様の意味で『早来迎』だそうです。
下の図は一般的な来迎図と比べてみたもの。仏様の足元を漂う雲が見える右に比べて、左の雲は明らかにスピード感が違いますね!? 超特急お迎えされる人は誰なのか、謎が漂います。

左:国宝『阿弥陀二十五菩薩来迎図(早来迎)』
https://twitter.com/honen2024_25/status/1788745772835405912/photo/1
右:『阿弥陀聖衆来迎図』(メトロポリタン美術館蔵)

ちなみに今回が修理後初の大規模展示だそうで、リニューアルされた鮮やかな色味で楽しめます。


第三章は『法然の弟子たちと法脈』。
法然の弟子といえば親鸞が有名ですが、彼は浄土真宗の開祖。浄土宗そのものは他の弟子たちが継承発展させていきました。中でも京都を中心に活動した証空、九州に浄土宗を広げた弁長の弟子の良忠が有名とのことで、彼らの伝説をまとめた絵巻や木像が展示されています。

本章の主役は国宝『綴織當麻曼荼羅』でしょうか。奈良県の當麻寺に伝来した8世紀のタペストリーで、サイズは4×4メートル! 非常に貴重な工芸品で、損傷が激しいために普段は非公開、展示されるのは数年に一度です。ただし、損壊が激しいとの注意書きの通り、黒ずんでいて図像はほとんど分かりません! 

国宝『綴織當麻曼荼羅』 當麻寺蔵
https://www.bunka.go.jp/prmagazine/rensai/bunkazai/bunkazai_051.html

実物はマジで写真の通り、うっすらと中央に阿弥陀様が見えるかな…くらいでした。

ただ、この當麻曼荼羅は法然の弟子たちによって重視され、鎌倉時代以降、広く模倣品が作られたそうで、色彩が残っているものも伝来します。本展でもミニスケール版などいくつか展示してありました。
『綴織當麻曼荼羅』でGoogle検索すると、色々な画像が出てきて混乱しますが、復刻に復刻を重ねたためなんですね。一番黒っぽいのがオリジナルの国宝です。
なお、當麻寺では復刻再現プロジェクトで復元された鮮やかなタペストリーのほか、図像全体が鮮やかに残る室町時代バージョンを毎年11月に展示するそうです。行ってみたい。


最後の第四章は趣を変えて『江戸時代の浄土宗』。
徳川家康が支援した東京都の増上寺は由緒正しき関東の浄土宗の拠点です。ここには12世紀に北宋で刷られた貴重な木版印刷版『大蔵経』をはじめとする、重要な仏典が集められています。

展示室のガラスケースには大蔵経の一部がずらりと並んでおり、古経典の重みに圧倒されます。貴重な経典ばかり、よく残ってましたね…!

徳川家康直筆の「南無阿弥陀仏」もありました。晩年の家康は日課として毎日百回書いていたそうですが、たまに「南無阿弥家康」になってる場合があるとか。
探してみたら本当にありました(笑)

個人的に嬉しかったのは狩野一信の『五百羅漢図』12枚が出展されていたこと。
江戸末期に五百羅漢を描こうと思い立ち、五羅漢×100幅の一大プロジェクトに着手した一信さん。西洋画の技法も取り入れた表現とダイナミックな筆致が魅力的な大作です。12枚とはいえ並べると壮観。極楽と地獄が入り乱れ、見ごたえ抜群です。


最後は香川県の法然寺に収められている『仏涅槃群像』から26体を並べた涅槃フィギアジオラマ。涅槃図は数多いですが、立体展示は珍しい。本来は77体から成るそうです。
横たわるお釈迦様は全長2メートル。法然寺で見たら、自分も涅槃の場面に参加している気分になれそうですね!


まとめ

浄土宗の始まりから現在までの展開を概観しつつ、各種資料をアートと歴史資料の両面から読み解いていく、質の高い展覧会でした。
一見の価値ありですが、基本的に古くて退色しているものが多いので、拡大鏡の類を持っていくと便利。
貴重な文化遺産を眺めるチャンスです。おすすめ。






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