見出し画像

禁忌から生まれたまじない・しきたり -『禁忌習俗事典』感想-

書誌情報

『禁忌習俗事典: タブーの民俗学手帳』
著者:柳田国男   出版社‏:河出書房新社
発売日:2021/3/5  文庫:208ページ
ISBN-13:978-4309418049

概要

柳田国男が収集した全国各地の禁忌・タブーに関わる行為や言葉を並べた事典。2014年に発行された同名の単行本の文庫化。オリジナル版は1938年出版。
発売後すぐ品切れになるなど意外な人気っぷりで担当編集者も驚いていたようだが、『定本柳田国男全集』未収録なので隠れたニーズがあったのかもしれない。

禁忌に関する言葉を集めた本として興味深く読めるが、収録した単語を詳細に説明する『辞典』ではなく、『事典』である点に注意。あくまでも、各項目にまつわる事柄の紹介に主眼を置いている。
内容は10種類に章分けしてある。

1 忌みの状態、2 忌を守る法、3 忌の終り、4 忌の害、5 土地の忌、6 物の忌、7 忌まるる行為、8 忌まるる日時、9 忌まるる方角、10 忌詞

個々の項目は短く、ぱっと見は国語辞典風ながら、あいうえお順ではないし、厳格なルールに基づいて並びを決めているようでもない(柳田国男にはきちんとしたルールがあった可能性はあるけど)。
記述の内容には編者のふんわりした(そう見える)所感も多く、学術論考書籍というより、収集結果をリスト化して提示することで、様々な専門家や知識人の反応を問うスタンスの本のようだ。
民俗風習の詳しい解説を求める人にはオススメしにくい。あくまでも、ほぼ戦前最後の民俗文化コレクションと思うのが良さそう。


内容について

『夜に爪を切ってはいけない』『北枕は良くない』といった迷信とも伝統ともつかぬ注意を受けた経験をお持ちでないだろうか?
自分の出身地は伝説・伝承の類とはほぼ縁がない土地だが、それでもこうした注意は何度か受けたことがある。
本書に集められているのはムラで通じる民間ルールの数々。文字通り東北から沖縄まで、全国津々浦々の方言や風習が並んでいる。特に穢れや忌むべき行為・言葉、いわゆるタブーという単語でイメージされるものに近い情報が集っている。
夜に爪を切る禁忌も収録されており、これに対して柳田国男が禁忌成立の理由を考察している。なかなか興味深い見解だったのでご一読あれ。

全体としてはローカルな話題が多く、個人的には実感のないものがほとんど。おまけに戦前に採集されたものだから、聞いたこともないような言葉も多い。『病田』とかね。
また、葬儀に関わるものとの交流を忌む『黒不浄』以外にも、『赤不浄』や『白不浄』が存在することを初めて知った。
『赤不浄』というのは、月経中の女性との交流を忌むことで、場所によっては同じ竈の火を使うことを禁じるというから徹底している。月経中、女性は村の隔離小屋に送られたのだそう。ただ、隔離というと聞こえが悪いが、体調の悪い女性同士が集まって家事から解放される場所と考えると福祉施設のはしりかもしれない。
『白不浄』はお産に関する禁忌。やはりお産があった家との交流を絶つものらしい。出産というと祝い事のように思うが、昔は幼児と母親の死亡率が高かったことを考えると、喜んでばかりはいられないんだなぁ。

個人的に興味深かったのは、『忌まるる方角』の章で取り上げられた金神信仰。ホキの影響によるものか、と書かれていて驚いた。金神でホキといえば『簠簋内伝金烏玉兎集』、つまり陰陽道。明治維新の際に禁止されて以来陰陽道関連知識はマイナー化していたと思っていたのでびっくりした。変なところで柳田国男の知識量は凄いなと感心してしまう。

その他、海洋漁業民や山岳狩猟民が守っている独特のルール・使ってはならない言葉・してはならない行いが、海や山が現実の世界からは断絶した異世界であるという認識がこのようなルールの発生に関わっているという考察が興味深かった。
古墳の内部には生前の地位や名前などを伝えるものがほとんど入っていないが、日本人は古くから異界に行って隔たれたものとはなるべく交渉を持たない方針を貫いていたのかもしれない。


欲を言えば。

このように内容自体は非常に興味深かったのだが、現代においては柳田国男の民俗学そのものが発展・批判的に検証されるべきものであり、この本についても有識者による解説が是非欲しいと思う。
ここで書かれている風習はその後どうなったのか、廃れてしまったのか、形を変えて残っているのか。近隣の風習との関連はどうか。等々を補完するような手引きが欲しいし、そこを埋めるのがいまの学者の仕事になるんじゃないかな。
ぜひ現代の民俗学者による補完・解説本があって欲しいと思う。


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?