中世ヨーロッパの写本文化に触れる【国立西洋美術館】
プリンターが登場する以前はすべて手書きだったという書物なるもの。作者が手で書いた本を他の人が筆写して一冊、二冊、四冊…と数を増やしていたことを思うと、小学校の国語で課題文を丸写ししたことを思い出してゾッとします。あんなに面倒なことを昔の人はし続けなくてはならんかったのか…そりゃあ高級品になろうというものです。
さて、国立西洋美術館にて中世ヨーロッパの手書き写本を鑑賞する展覧会開催中とのことで行ってきました。
「本のページって、わざわざ美術館で見るほどのものなの?」と疑問に思われるかもしれませんが、中世ヨーロッパの写本はフォント装飾や挿絵が超充実しておりまして、美術品としての価値も高いのです。日本の絵巻物みたいな立ち位置ですね。
以下、個人的に好きな写本ページ(展覧会とは関係なし)
このように芸術性の高い写本装飾ですが、ヨーロッパの写本にフォーカスした展覧会は珍しいのが実情。このチャンスを逃してはならぬと猛暑の上野に旅立ったのでした。ほんと暑かった
展覧会の概要
今回展示されているのは『内藤コレクション』に含まれる写本、正確にはバラした写本ページ(零葉と呼ぶ)。
このコレクションは2015年に筑波大学名誉教授であり麻酔の権威である医師・内藤裕史氏から一括寄贈されたもので、内藤氏が本業の傍らヨーロッパ各地で蒐集した写本零葉およそ190点を含みます。個人コレクションとしては最大級の品揃えですね。
この展覧会ではコレクションの大半が展示されているとのこと。西洋美術館の企画展示室が写本ページだらけになっている光景に出くわすのは初めてで、いつもの展覧会とは違った趣があり、見ごたえも抜群でした。
展示風景
ここからは、会場で撮影した写真とあわせて雰囲気を紹介していきます。
まずは入口を入ってすぐの展示。中世ヨーロッパで『本』といえば、そう、聖書です。そんなわけで写本の多くはラテン語版聖書になります。
上の二枚の写真は聖書の装飾付きページを撮影したもので、二枚目は一枚目の真ん中に写っている小紙片の拡大図。サイズに注目してみてください。新書サイズ程度の紙面にみっちりと文字や装飾画を詰め込む緻密な職人芸に感動。絵の内容は聖書の創世記(天地創造、アダムとイブの楽園追放、アベルを殺害するカイン)ですね。
ところで、さっきから紙、紙、書いてますが、ほとんどの写本の原料は羊皮紙――つまり獣の皮を伸ばしたやつです。間近で見ると毛穴っぽいものが見えたりして生々しい。
また、今回初めて知ったのですが、豪華な写本には金がふんだんに使用され、光を受けてきらきらと輝きます。今まで印刷でしか写本を見たことがなかったので、実物の美しさは想像以上でした。やっぱり本物を見ないとイカンですね…
文字装飾は戒律に縛られた中世社会において、想像の翼を自由に広げられる場であったそうですが、なるほど、動物が絡みついてたり、植物っぽい何かが発生していたり…どの絵も好き放題してますね。
写本画家のみなさんは遊び心抜群。一応、写本画家は修道院僧が多かったと思うんですけど、けっこうはっちゃけてますね。本文と全く関係ない動物の絵とか、やたらリアルな人面花装飾など「何でそんなの描いちゃったの」と問い質したくなるような作品に満ち溢れています。というかこのおっさん誰なんだろ
このへんは本当に何をしたいのか分からない。昔、自分が何の気なしに教科書に描いた落書きにこんなのがあったような…まさかね?と思いつつも、現実に写本に落書きが見つかることは多いのです。真相やいかに。
美麗ページセレクション
見て思わず「格好いい、素敵!」と思った作品のうち、ネタに走っていないものをダイジェストでお届けします。
全体を通して
珍しいタイプの展覧会でしたが、個人的には写本好きなこともあって非常に楽しめました。
間もなく終了ですが、中世ヨーロッパの貴重な文献を多数堪能できる貴重な機会ですのでお見逃しなく!
おまけ
写本テーマの小説といえば、ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』が面白い。写本制作がさかんな中世修道院で起きた殺人事件を解決しようとするうちに、異端や禁書の秘密が明かされていく…というお話です。
とはいえ、キリスト教教義における異端問答の部分が非常に長く、何言ってるのか分からないパートも多いので、あらすじだけ楽しみたい場合は映画版で良い気もしてます。
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