田中京子
【京都】東林院で沙羅の花を見る。「刹那を生きていますか?」と問われて。
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【京都】東林院で沙羅の花を見る。「刹那を生きていますか?」と問われて。

田中京子

昔から6月が苦手だ。雨が多く、じめじめと蒸し暑いうえ、祝日もない。そんな6月の数少ない楽しみは、京都・妙心寺の塔頭(たっちゅう)、東林院で沙羅の花を眺めることだ。沙羅とは、夏椿のこと。平家物語に「沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす」とあるように、1日だけ咲き、下にぽとりと散る、儚く美しい花である。今年も沙羅の花を見るため、東林院を訪れた(特別公開は6月30日で終了)。

東林院は、普段非公開の小さなお寺だ。妙心寺の南総門をくぐって北に進み、法堂の手前の道を右へ、突き当たりを左に曲がると門が見える。こちらのご住職様には、精進料理の取材で大変お世話になった。

奥に見えるのが東林院の門

今年は沙羅の花がNHKのニュースで取り上げられたせいか、東林院は平日にもかかわらず、大勢の参拝客でにぎわっていた。境内に咲く花や、メダカ、蟻といった小さな生き物に心癒される。

小さなメダカの姿に心癒される

受付をすませ、お茶とお菓子をいただいた。お菓子は「沙羅のつゆ」という名前で、よく見ると、白い花の表面に小さなつゆがついている。鼓月さんが特別にこしらえたものだ。

沙羅の花をかたどったお菓子

お菓子をいただいた後は、ゆっくり庭園を眺めた。方丈前庭に10数本の沙羅の木があるそうだ。私が訪れたのは昼過ぎだったが、庭に白い花がぱらぱらと落ちている。沙羅の花は朝咲くと、夕方には散ってしまうという。落花も庭の緑に映え、また美しい。

みんなで沙羅の木がある庭を眺める
庭に散った沙羅の花

お庭を眺めながら、お坊様のお話に耳を傾けた。毎日毎日、散る花を片付けるのは大変だそうだ。集めた花は肥料になる。花の命は終わっても、また別のものの命を生かすために使われる。
「刹那を生きていますか?」 突然お坊様にそう尋ねられ、戸惑った。
新聞記者だった頃は未来しか見ていなかった。将来どんな仕事がしたいか。どうすれば目標を達成できるか、そのことしか考えていなかった。
無職になった今の私に、未来とか、目標とか、そういうものは何もない。
仕事でわくわくするような日々は、たぶん二度と来ない。
その寂しさの代わりに、刹那を生きることができるのだろうか。

お話の最後に、みんなで「ひとつの禅」をした。庭を眺めながら、お坊様の声を合図に息を深く吐き出し、また吸い込む。深呼吸である。
「ひとーーーーーつーーーーーー」
自分を空にするつもりで、ふーっと息を吐きだし、ゆっくり吸い込んだ。
その時、風が吹くのを感じた。夏が近いと告げるような、あつく湿った風。風はすぐやんだ。
私は二度とない今を生きている。

※東林院の「沙羅双樹の庭 特別公開」は2022年6月15日~6月30日。抹茶・菓子つき1600円。

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田中京子
新聞記者26年+まちづくりの仕事5年。文筆家目指して修行中。インスタで京都の渋い看板を紹介し始めました。