見出し画像

[小説] あんたブスだね

 「あんたブスだね」
 レミーは口をぽかんと開けてそう言った相手を見つめた。
 「でも私はもっとブス」
 レミーは思わず頷いた。大きな瞳で金色の長い髪を風に靡かせて、小さい頭で何度も頷いた。
 レミーは相手をよく見つめた。白いマスクと長い髪で覆われて顔はよく見えないが、僅かに見える目元の部分とか耳とか、膝下まで伸ばされたスカートとか、体のシルエットは全くもって可愛くはなかった。
 プォーンと左手から電車の音が聞こえた。駅のホームは通勤通学途中の人たちでごった返している。皆がスマホに目を落とし、俯いている。
 「死んじゃいたい」
 そう言うと彼女はフラッとホームに乗り出した。体がフワッと宙に浮かんだ。
 「ダメだよ」
 レミーは彼女の手を勢いよく引いて、ホームに戻した。周りの人はスマホに目を落として、彼女たちを見てなかった。彼女はホームに倒れ込んだ。
 すぐに彼女は起き上がって、ホームの階段を駆け上がった。消えていった背中を見送り、レミーはカバンの中から英単語帳を取り出した。今日は英語のテストがあった。
 「レミー」
 後ろから話しかけられた。サッカー部のエースの彼氏は、制服の代わりにユニフォームを着ていた。背番号の11番が朝の光を浴びて凛々しく輝いていた。
 「おはよう」
 彼はそう言ってレミーにキスをした。レミーは人が見てるから、と言って腕を伸ばして離そうとしたが、彼氏は聞かなかった。
 「今日もかわいいね」
 「ありがとう」
 彼氏はレミーの手を握った。そして、前にいる後頭部のはげた男を指さして
 「満月だ」
と呟いた。レミーは「そうね」と言った。そして、やってきた電車に二人で乗り込んで、学校まで話した。

 「あんたブスなのに、なんでそんなに何ともない顔しているの?」
 後日、電車に乗って座席に座ると、マスクの彼女が目の前に立っていた。
 「そんな顔を晒して恥ずかしくないの?」
 彼女は夏だというのに茶色のオーバーコートを着ていた。蒸れた汗の匂いがこちらにまで伝わってきた。
 レミーは数学のノートを鞄から取り出して、開いた。今日は数学のテストがあった。その様子を見て、マスクの彼女は黙った。カタンコトンと心地よい振動が車内に響いた。

 ジャッ。
 
 突然、マスクの彼女は身を乗り出して、窓のブラインドを閉めた。レミーはビクッと肩を震わした。マスクの彼女も身を震わしていた。
 「なんで、なんで、こんなに、私は」
 マスクの彼女は方を震わして嗚咽を漏らした。
 「みんな平気な顔して」
 彼女はリュックに手を突っ込み、そこから巨大な水鉄砲を取り出した。
 「許せない」
 彼女はレミーに水鉄砲を発射した。レミーの顔に水が勢いよくかかり、彼女はずぶ濡れとなった。朝数十分かけたメイクと髪のセットは水に流された。
 マスクの彼女は標的を変え、周りの乗客にも水をかけた。車内は阿鼻叫喚の騒ぎになった。
 次々に水鉄砲を撃つ彼女は、体を動かして暑くなったのか、茶色のオーバーコートを脱ぎ、前髪を上に上げ、マスクを外した。顔面に汗の水滴がついていた。
 レミーはその様子をじっと見つめた。そして「死んじゃダメだよ」と呟いた。


この記事が参加している募集

#私の作品紹介

97,883件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?