家族は嫌いじゃないけど、苦手
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家族は嫌いじゃないけど、苦手

Eriko Sugita

もうすぐ1年でもっとも憂鬱な時期がやってくる。

いつからだろうか、クリスマスからお正月の期間がこんなにも嫌いになってしまったのは。

派手なくせにちゃっちいイルミネーション、
タレントが馬鹿笑いするだけのテレビ番組、
クリスチャンでもないのに浮かれた恋人たち、
仲睦まじく初詣に向かう見知らぬ家族の姿。

年末年始らしい景色は、わたしの捻くれた心を削っていく。
それだけで、もう十分お腹いっぱいだというのに、さらに疲弊する行事が「帰省」だ。

***

大学進学を機に、実家を離れてからもう7年になる。
一人暮らしをはじめてからも、年に1、2回、盆か正月には実家に帰っている。

都内にあるわたしの実家は一軒家とはいえ、プライベートスペースはまったくない。寝る部屋まで両親弟といっしょ。わたしが高校生だった頃、いろんな事情が重なって、家庭環境はぼろぼろだった。とにかく自分の部屋が欲しくて、一人暮らしがしたくてたまらなかった。

地方国公立大学への進学を決めた最大の理由は、本当に不純なもので、「一人暮らしがしたかったから」だ。国公立であれば一人暮らしをしてもよいというのが、両親との約束だった。

晴れて地方国公立大学に進学が決まり、一人暮らしをはじめた(正確には最初の1年は大学の寮で共同生活)。周りのみんなは1ヶ月に1度くらいは実家に帰るなか、わたしはほとんど実家には帰らなかった。

「娘」として、義務的な感覚での帰省。家族はあまり顔にはださないが、娘の帰省を本当はすごく喜んでくれていたと思う。それなのに、親不孝な娘だ。

***

もともと、年賀状の家族写真に象徴されるように、明るく平和で仲の良い家族だった。なんとなく家族としての調和が取れなくなったのはいつ頃だったかは覚えていない。

ぎくしゃくした関係の中で、わたしは、錆びついた関係をとりもつ潤滑油の役割を自覚するようになる。

わたし(娘)と母、
わたし(娘)と父、
わたし(姉)と弟、
わたし(孫)と祖母。

一対一の関係はスムーズなのに、そうしてか家族になった途端どうも心地がわるい。家族なんてそんなもんかもしれない。でも、とても不思議なものだ。

ある映画のコピーに家族関係を「不協和音」に例えたものがあるが、まさにそんな感じだ。

互いを嫌い合っているわけではない。
ましてや恨みや憎しみは1ミリたりとも感じていない。
むしろ優しくて、愛情深いタイプの人間の集まりだと思う。

それなのにうまくいかないのは、たぶん、それぞれが父、母といった家族の中での役割を演じようとするが、それがうまくいかないからだと分析している。

わたし自身が「いい娘」でいられないことに対する後ろめたさを感じているように......。

***

7年間、年に1、2回しか「娘」「姉」「孫」としての自分を演じていないのだから、どんなだったか忘れてしまうのは当然のことである。実家にいるとき、きっと、わたしの演技はすごくぎこちない。

「演じる」などというと、家族のなかでのわたしが偽りであるかのように捕らえられてしまうかもしれないが、決してそういうわけではない。

会社の中でのわたしと、友人といるときのわたし、好きな人の前でのわたしが少しずつ違うように、ちょっと切り替えが必要なだけだ。

***

離れて生活していることを言い訳に、面倒くさくて、遠ざけてきた家族という存在。

今年は少し意識を変えてみようかとうっすら思っている。

歳を重ねていく親のためとか、祖母を亡くしたからとか、そんな綺麗事ではない。ただ、自分自身のためだ。

だって、毎年毎年帰省のたびにしんどい思いをするのは嫌だもん。
1年中楽しく過ごしたいもん。

恐らく、そのための方法は感謝や愛をごく自然に、素直に表現する、ただそれだけだけなような気がする。(それができないから葛藤しているのだが。)

「あ〜帰省楽しみ!」

すぐにではなくても、そう言えるようになる日が来ますように。

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Eriko Sugita
born in tokyo / matsumoto ⇆ gifu