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[小説] ダンボールの家

 お尻から喉から血が出るわ出るわ。脛は痛いし目は霞むし。頭は働かなくて、目が合った女性が全員自分のことを好きだと思い込んでしまいます。
 こんな状態がいくらか続いて、何かが治ったかと思えばどこかが痛むので、いっそのこと全てをほっぽり出したい、と8階から飛び降りたのです。
 「いた」
 8階から飛び降りたので尻餅をつきました。お尻がジンジン痛みます。やはり8階から飛び降りるのは良くなかったのでしょう。
 「ジンジンくん、何をしてるの」
通りかかった花子さんが言いました。
 「花子さん。いや、どうもこのところ体の不調が治らなくて。いっそのこと飛び降りて全てを終わらせてしまおうかと思ったんだ」
 「ジンジンくん、遺書は書いたの?」
 「書いてない」
 花子さんに言われて、ハッとして、すぐに8階の部屋まで走って戻りました。
 「遺産はあるのー!?」
 階段を登る私に花子さんは叫びました。
 「小さな島を買えるぐらい!」
 私は踊り場から体を乗り出して花子さんに向かって叫びました。
 「私にちょうだーい!」
 「いいよー!」
 どうせ死んだら無になります。私には親戚も見よりもいないのでちょうどいいと思いました。花子さんはあまり顔が可愛くありませんが、彼女よりも美人な知り合いがいないのでしかたありません。
 部屋に戻ると机に向かって、横から近所の整体のチラシを取りだし、裏にボールペンで
『遺書:私は死んだら花子さんに全財産と家の中にあるもの全てをあげます』
と書きました。
 そして紙を持って、さぁ、飛び降りるぞ、と部屋を出ようとしたところ、隅に段ボールで作った家を見つけました。それは私が6歳の頃に作ったもので、実家から持ってきた唯一のものでした。
 私は遺書をポケットに入れて、ダンボールの家の入り口を潜って中に入りました。私は17歳ですから少々そこは窮屈で、身を屈めないと入ることはできませんでした。
 その家には天井がなくて、壁に小さな窓が取り付けられているだけでした。しかし、家は部屋の中に立っていたので天井は必要ないのでした。6歳にしてこれを見越していた私は相当賢かったに違いありません。
 ふと、出入り口のそばの内壁に書かれた絵が目に入りました。そこにはピンク色の傘と、その下にはなこ、ジンジンと書かれていました。
 それを見るや否や、私はダンボールの家を持って部屋を飛び出していました。
 「花子さーん!!!」
 私は叫びながら8階から飛び出しました。
 グシャ。
 地上に落下した私はダンボールの家を下敷きにしていました。家はみるも無惨な形にひしゃげて、ただのゴミとなっていました。
 花子さんは地上に横たわる私のポケットを弄って、遺書を見つけ、それを開いて読みました。
 その後、ゆっくりと首を動かしてぐしゃぐしゃになったダンボールを見て
 「これはいらないわ」
と言って去っていきました。
 
 後日、朝起きると私の部屋は空っぽになっていました。ベッドも本棚も服も何もかもがありませんでした、が、アパートの下のゴミ捨て場には、ひしゃげたダンボールの家がありました。
 部屋を追い出された私はダンボールの家を公園の茂みのそばに建てました。それは天井がありませんでしたが、どこまでも広がる青空が家に蓋をしてくれました。
 これを6歳で見越した私は天才に違いない、と思いました。

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