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佐野元春ライブ・レビュー 2020/12/15-16

■TOUR 2020 'SAVE IT FOR A SUNNY DAY'
■2020年12月15日(火) LINE CUBE SHIBUYA
■2020年12月16日(水) 神奈川県民ホール

計画はみんなムダになった
でも構わない 構わない
まだチャンスはあるよ
(『合言葉‐Save It for a Sunny Day』)

冒頭の『禅ビート』を佐野は黒いマスクを着けたままで歌った。新型コロナウィルス感染症に振り回されたこの一年を印象づける演出だった。

この目に見えない、生物かどうかすら定かでない単純な構造のタンパク質のために、僕たちの大事な予定の多くはムダになり、僕たちはあわてて家に逃げ込んで電波や電話回線で連絡を取り合った。そして僕たちはテレビ会議の終わりに必ずこう言い交した。「コロナが一段落したらまた飲みに行きましょう」と。

すべては奇妙で暫定的な静寂の中にあった。しばらく我慢すれば以前と同じような生活が戻ってくるという前提に僕たちは寄りかかっていた。それを頼りにしながら僕たちは息をひそめ、ウーバーで配達されたハンバーガーを食べ、ズーム飲み会で生存を確認し合った。

だが、最近になってようやく僕たちは気づき始めたのではないか。「コロナが一段落」することなどないのだと。以前と同じような生活など戻ってはこないのだと。僕たちが息をひそめている間にも地球は回り続け、時計は進み続ける。通い慣れた中華料理屋は店を閉じ、バイトをクビになった学生は大学を辞めた。

景色は変わった。いくつかのものは既に不可逆的に損なわれた。僕たちはまずそのことをはっきりと認めなければならない。そしてその上で、僕たちにどんなチャンスが残されているのかを探し、失ったもの、手の中に残ったもの、そしてわずかではあっても新しく手にしたものの棚卸しをしなければならない。

『合言葉‐Save It for a Sunny Day』で冒頭のフレーズが歌われた時、不意にこみあげるものがあった。それはひとつの気づきだった。僕たちがこの不自由な生活の中でいかに不安を感じてきたか、そしてその不安をいかに「仕方ない」という言葉で抑えこみ自分自身の目から覆い隠してきたか、僕たちが実のところどれだけ深く傷ついてきたか。

この日のライブはそうした「しんどさ」を率直に解放するライブだったと言っていいのではないか。だれを責めることもできない疫病との戦い、不可避的に強いられる働き方や暮らし方の変化。今までそこにあることが当たり前だと思っていたモノやコトが簡単に失われてしまうことに僕たちは気づき、暖かい血を流した。

そのことを僕たちは佐野の音楽を仲立ちにして確かめた。そしてそれにも関わらず僕たちの生活は続いて行くということを。まだチャンスはあるということを。

もはや『約束の橋』も演奏されず、『みんなの願いかなう日まで』は歌われたが『Christmas time in blue』はなかった。本編はすべてコヨーテ・バンドとしてのレパートリーで占められ、佐野は今現在の自分が最新型の自分であることを自ら身をもって示した。自分が傷ついていることを知る、そのプロセスがなければ癒しもまたない。いつまでも暫定的な薄明に立ち止まっている訳には行かない。

異例な一年の最後に「オレもしんどかったんだ」と知ることができた。それは僕にとって大きな助けになった。


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