世界一周してたら社会から一蹴された。

※注意※
ただの妄想でありフィクションです。
本稿の登場人物と実在の人物は一切関係ありません。

大学の同じサークルにS君という人がいた。
S君は進学を機に地方から都会に越してきた。
彼は学生時代はゲーム部部長を務めていたという稀有な経歴を持っていた。
令和の時代こそオタク趣味は一般の趣味として受け入れられているが、時は平成。
オタク趣味が一般層に受け入れられているとは言い難く、どちらかという差別的目線を向けられる機会が多かった。
そんな中でもS君は入学直後の暫くの間、新入生の間では異彩を放つ存在としてはみなされていた。

彼は大学進学を機に変わりたかったようだ。
今までの冴えない学生生活から、瑞々しく煌びやかなキャンパスライフに憧れていた。

俺は今までの自分を捨てて新しい自分を見つけるんだ!

S君はことあるごとにこんなことを口にしていた。
断っておくが大学自体は平々凡々であり、彼の見た目や能力もまたそれと変わらず。勿論筆者もそれと同等。
しかしこれが都会という地の魔力なのだろうか。そこに存在するだけで自分が何者かになったかのような万能感で彼は満ち溢れていた。
本人なりに努力もしており今まで芋っぽいと公言していた自分の服装を東京の大学生仕様にアップデートし、サークル活動も活発にこなしていた。
筆者の目から見てもあいつの服装、なかなかかっこいいな、と思う日もあった。

サークル活動とアルバイト

Sくんの行動力はとにかくパワフルだった。
周囲の評判に気を良くした彼はサークル活動でも華々しくデビューを飾った。
ウェイウェイ系のサークルの新歓に飛び込み、酔った勢いで女子学生を追い回す、参加している女子全員に連絡先を聞くなど、今までの学生生活からは考えられないほどのアクティブさを披露した。
しかし現実とは非情なもの。
そのような若さ故のアクティブさ、ぶっちゃけ悪行三昧は他の男子学生から見逃してもらえるはずもなく、自身の意に反してサークルを出禁になってしまった。
その後も同じようにウェイウェイなサークルに突撃を試みたが、結果は変わらず。
結局S君は月一で活動するオセロサークルに落ち着くこととなる。

アルバイトは都内のカフェで週5で入っていた。
ちなみにサークルがダメならせめてアルバイトでウェイウェイしようと思っていたが同僚は皆おじさんだったらしい。

服とか飲み会が忙しくてとにかく金が必要なんだ!

飲み会が忙しいはまあ大学生なら分からなくもないが、服に忙しいのはイマイチよく分からなかった。これを言われた筆者は当時、部屋の中でひとりファッションショーでもやってるのかと思った。
実際は都内のオシャレアパレルに赴き、服を買い漁るのに忙しかったようだ。

ただそんな忙しい?中でも授業は最低限出席、テストは友達のレジュメ、ノートをテスト前に丸パクリで単位の方はどうにかなっていたようだ。なかなかの遊び人だが、これはこれで正しい大学生活の一つだろうと筆者は思っている。

就職活動

そんな感じで割と要領良く?大学生活が進んでいく中、2年、3年と順調に我々は進級。S君も留年することなく進級出来た。
3年になると就活(当時のスケジュール)が始まる。
周りの学生はインターンや自己分析、OB訪問などを始める。筆者も例外では無く大学を出て無職になるわけにもいかなかったので、何やかんやで就職活動を勤しんでいた。
この頃には必修の授業も無くなっていたのでS君と会う機会も少なくなったが、なんだかんだで要領良くこなしていくのだろうと思っていた。
そしてある日、たまたまS君と会った時の昼下がりの時である。

人生考えてみたんだけど、このままサラリーマンになるとつまんなくね?

いきなりこんなことを言い始めた。
まあ、、、言いたい事は分かる。
所謂、日本における普通のレールに乗っかって、このまま普通で終わりたくは無いのだ。筆者も同じように考えていた時期もあった。

だが、今は卒業後の進路がかかった就職活動の時期。
こんなことを考えている暇はなく、考えているようなフェーズでも無い。
本気でレールに乗りたく無いと思った人は既に何かしらのアクションを起こしている。
そんなことを知ってか知らずか、S君は就活解禁の時期になっても髪はロン毛、茶髪、パーマのままで、スーツ姿は一度も見た事がなかった。
そして4年を迎える直前こんなことを言い出した。

俺、世界一周してくるわ。

…。
筆者含め友人達の間でしばし沈黙が流れる。
何故?とか、今?とか、就活とか卒業大丈夫なん?とか色々な質問が一気に頭の中を駆け巡ったが口には出せず。
とりあえず友人の1人がなぜ?と聞いた。

このままサラリーマンになって家畜みたいな生き方でいいのかよ!

まあ言いたい事は分かる。
自分は何か特別な存在でありたい。
他の人とは違う生き方をしたい。
筆者も同じことを考えていた時期もある。

だが、直視しなくてはならない現実もある。
まず我々のいる大学は高偏差値の名門でも無ければ特殊技能を学ぶ学部でもない。
至極平均的な偏差値の平凡な大学だ。
加えて時は就職氷河期。
もはや普通の大学を普通に卒業するだけではまともな職にありつけないのだ。
これらの現実を理解していれば、就職活動が解禁されたこの時期にやるべきは世界一周では無く、就職活動である。
こんな感じのことを友人達と一緒にコンコンと伝えたのだが、最早手遅れ。
S君は大学を休学し、1年間の世界一周に旅立つと心に決めていたようだ。
仕方が無いので我々も苦笑いしつつ、その旅路を応援することにした。

一年後、筆者らは大学4年で無事内定を獲得し卒業も決まった。
卒業式後の最後のパーティーもそれなりに盛り上がった。
てっきり卒業生だけが集まるものかと思ったが、そこにはS君もいた。
世界一周を終えたS君は髪が伸び、日焼けした肌で旅人風、今でいうバックパッカー仕様になっていた。

俺はお前らとは違う!
俺は世界一周してきたから世界中に人脈があるんだよ!お前らはせいぜいクソ雑魚会社で社畜でもしてろよ!

久しぶりに会って開口一番のセリフがそれか。
筆者自身かなり残念な思いをした。
世界一周の経験に上下などなく、ただ旅の思い出を聴きたかっただけなのだ。
ところが、S君は世界一周という経験を通して何かの自信を持ったようだ。
注意が必要だが、別に英語ペラペラになったわけでも無い。

卒業後

卒業して3年くらい経過した頃だろうか。
筆者も社会という荒波で揉まれて揉まれて遭難しかけてた頃だ。
facebookでS君の近況を見つけた。
どうやら大学卒業後就職が決まらず、世界一周のための借金返済に追われているようだった。

世界を一周して来たって…
それただ遊んでただけじゃないの?
英語を話せたり、海外の文化に精通してるわけでも無いんでしょ?

就活では面接官にこんな形で一蹴され続け自信を失ってしまったそうだ。
世界一周をした結果、社会に一蹴されるとは思ってもみなかったことだろう。
この後、S君がどうしているかはわからない。

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