ソニックフロンティア クリア後感想
ソニックフロンティアの感想なのにトップ画像は斑鳩ですがクリアした人なら大体たぶんわかってもらえると思う。
そういうわけでネタバレ注意です。
【停滞と進行/革新と保守】
前回記事では
・謎解きや探索はゆっくりプレイ
・移動時や電脳空間はハイスピード
と緩急によるメリハリが楽しいと書きましたが、クリアしてみるとこれはシナリオ面でのテーマでもありましたね。
ゲーム性とキャラクターやシナリオの巧みな融合は、ゲームというエンターテイメントならではの演出でありこれを初プレイする人間にも、ハッキリと明文せずに伝えたのはさすがの一言。
【古き良きゲームセンターの定番ゲームたち】
スクショはいちいち撮影していなかったので画像無しなのが申し訳ないですが、本作では島の最後の大謎解きでは第二の島以降、往年のレトロゲームのリスペクトが組み込まれています。
クレーンゲームにピンボールに縦シュー。
いずれも20世紀のゲームセンターを賑わせたゲームたちです。
……なお私の世代でもさすがにピンボールはもうロクに見なかったぞ(私のガキの時分のゲームセンターは格闘ゲーム全盛期だった)。
※※※
このあたり、SEGAが近年まで粘り強くゲームセンター事業を経営し続けていたことと無縁ではないかと。
ゲームセンターというもの自体が過去の遺物となってしまっている令和の世の中ですが、まぁこれも悲しいかな時代の流れでありましょうや。
ゲームセンター事業撤退と同年に発売されたソニックフロンティアに、ゲームセンターの定番ゲームたちが組み込まれたのはある種の鎮魂歌的な想いが込められているのでは、というのはちょっと穿ちすぎでしょうか。
しかし本作のテーマは「停滞と進行」「動と静」であり、シナリオの内容的にも「過去と未来」が見え、過去部分の象徴としてクレーンゲームやピンボールが出てきたのは納得いく部分があります。
とくにクレーンゲームはゲームセンターそのものの象徴とすら個人的には思っています。
あれはビデオゲームでは再現できない楽しさが詰まったゲーム機ですからね(一方で賭博法にイカサマなどヤクザな話に繋がるケースも……)。
また、ピンボールは2Dソニックにとってはある意味ではご先祖様みたいなもんですね。
バネで弾かれたり丸まったボール状態で狭い通路をキュイーンと超高速で通過したり、ソニックはピンボールの流れを受け継いだゲームです。
3Dソニックになってからもあのギミックが継承されていたのはちょっと感動。
【スターフォール諸島遺跡群の役割】
これは古代人のアーカイブデータ保存施設だったわけで、こいつの存在が「停滞と進行」をテーマとしている本作の中で「過去と未来」を感じさせる要因だったと言えます。
ただ、第四の島「レイア島」攻略時に見えるムービーから察するに決して後ろ向きな想いだけでこの広大なアーカイブデータ保存施設を造ったとも言えず、古代人たちは最後の最後まで力及ばずとも本作のラスボスと戦い抜いたと記録では残されています。
そうやって精一杯生きていた人々たちだったからこそか、ソニックとその仲間たちは彼らに共感して残した想いを昇華させてやりたいと、一銭の得にもならない協力をする(ゲーム的には進行に必要だからやってるんだけど)。
そうして止まってしまった彼らの時間を進められるように頑張った先に待つのは、もうただの石像となって喋ることも動くことのないココである。
その姿は何かとても物悲しいですが、それが在るべき姿なのだと受け入れてソニックたちは自分たちの時間を進めるべく歩みを止めない。
※※※
この一連のソニックたちの行動が、本作のキーキャラであるセージには全く理解ができませんでした。
彼女は古代人の残したデータの詳細をソニックたち以上に深く広く莫大に理解しており、だからこそ劇中の妨害行動を執ったわけですが元からそういう風に作られていないというのもあって、吸収したデータに意味を見出すことはせず弾き出された演算結果のみで行動指針を立てたわけですね。
ソニックたちはあくまで残されたデータの片鱗に触れて、データ全容を閲覧したセージ視点から見れば偏った情報しか入手しておらず、それどころか事態を悪化させる行動ばかりしているにも関わらず、とにかくソニックたちはみんな勝手にそれぞれ自分の答えを導き出してしまう。
※※※
歴史は残して死んだ者たちのためにあるのではなく、現在を生きる者のためにある。
本作のシナリオ構成からはなんとなくこういった主張を感じました。
全容を知り停滞を選ぶ賢者(セージ)と、片鱗に触れ前進を選ぶ愚者(ソニック一行)。
セージはエッグマンが製作したプログラムですが、古代人のデータを吸収しすぎてエッグマンの手から半ば離れてしまっており、滅んでしまった古代人に近い存在になっています。
一方でソニックたちは現代(いま)を生きる若者たちであり、自分たちにとって理解、共感できる知識だけで満足して仕事が終わったらサッサと島を後にして未来へ突き進んで行きました。
コレはソニックたちが正しいと言わざるを得ないのですが、しかし先述したようにゲームセンターという文化そのものが失われた文化になりつつあり、もはやアーカイブデータでしか存在しないあらゆるモノがあり、そして現在普遍的なモノもいつかはアーカイブデータにしか残らなくなってしまうという未来から考えると、寂しく歯がゆい想いにも駆られます。
それでも停滞よりは、前進を選ぶ。
かつてはゲームハード戦争であらゆる企業とバチバチ火花を散らし、ゲームセンターでは革新的な新機種ゲームを打ち出して楽しませてくれたSEGAが「もうこれは過去のモノ。全てを知ってくれなくてもいいから、少しだけ触れて明日の糧にしてくれ」というメッセージ性を感じるゲームを現代に送り出したと受け取るのは……私が中年になった証拠ですかね。
今頃幻想郷でクレーンゲームを早苗さんが遊んでいるはずさ……。
【嗚呼、斑鳩が行く……】
超有名なゲームなのでプレイしたことはなくても動画で見たことくらいはあるだろう、トレジャーが送り出した傑作STG斑鳩。
本作のラスボスTHE END戦はもうまんま斑鳩です。パロとかパクリとかじゃなくてこりゃオマージュとかリスペクトってヤツだ。
大体最後の巨神SUPREMはこういう人型のヤツなわけですが
THE END戦では縦シューの自機っぽいポーズにわざわざして斑鳩にすごく似たシルエットにしていますからね。確信犯です。
ラストがシューティングとかカービィかよって感想すら吹き飛ぶレベルの斑鳩っぷり。力の解放があまりに力の解放しすぎて初見笑ったぞ!
※※※
このあたりゲーム好きの余談で本題からズレるんですが、本家斑鳩と違い同色弾で相殺してゲージを貯めるって方式は初心者向けで触れやすいですね。
本家斑鳩はプレイしたことありますが、正直なところあのややこしいシューティングの皮を被った覚えゲーというかパズルゲーというかリズムゲーみたいな形で弾に当たりに行くのはどうも性に合わなかったところで、自ら弾に当たりに行くスタイルのシューティングはサイヴァリアの方が楽しかったです。
同色弾の相殺、本体の貧弱なショット、ボム制度導入、ショット角度調整機能をつけるなどすれば斑鳩のような見た目で、でも実態は全然違う結構楽しいSTGができるんじゃないかとか遊んでいて思いました。
【望まれることなく、浮世から捨てられし彼らを動かすもの】
THE END戦で壮大な斑鳩のオマージュが入るのはなぜか。
見た目やゲームシステム面だけでなく、THE ENDの日本語版台詞はめちゃくちゃ斑鳩っぽいこと言っていますしね。
参考資料として。
※※※
これは斑鳩、さらにできれば斑鳩の前身作であるレイディアントシルバーガンのテーマも知っておかなければ「パクリじゃん」ってなりかねない割と……いやだいぶ危険な演出だったと思います。
この二つの作品は、表向きは生命と進化、生死、抑圧への反抗などがテーマなんですが、メタ的には発表当時の90年代後半から00年代前半のアーケードSTG市場の衰退とそれでも負けじと開発を志すゲームメーカーの意地が裏テーマとなっています。
閉塞する市場において、望まれない商品を作る行為は愚かなのか?
これは先述したように、ゲームハード戦争から撤退し、ゲームセンター事業からも撤退し、レイディアントシルバーガンも斑鳩も自社ハードに移植させた経験のあるSEGAの歴史から見るとかなり他人事ではない。
レイディアントシルバーガンの最後のメッセージである
という問いかけは、日々流動とジャンルの衰勢を続けてゆくゲーム市場において、今やゲーム開発会社だけでなくユーザーにすら刺さる手厳しいモノになってしまっています。
ガチャ回してクソゲークソゲー言いながらなぜ毎日毎日飽きもせずポチポチするのか。
画面と回線の向こうにいる対戦相手やチームメンバーに悪態を突きつつコントローラを握るのはなぜなのか。
このような現代ゲーム市場においては「私のこと、愛してる?」という問いかけや、斑鳩のステージデモに入る各種テキストのメッセージは改めて価値を見出しても良いと思います。
前進するためには、時には立ち止まり過去を振り返ることも必要である。
ソニックフロンティアが「停滞と進行」をテーマとしているのなら、これがその答えなのかもしれません。
フロンティアのちょっと前に発売されたオリジンズもそういう点で見られるかもしれませんね(もっとも商業的売り上げが見込めるチャンスというのが一番大きい理由でしょうが)。
【卵の中でまどろむ賢者】
日本語verではソニックはセージに「そんな狭い殻の中で閉じこもっているから頭が硬いんだよ。飛び出して広い世界を見れば考えも変わるぜ?」(スクショを撮っていないのでうろ覚え)というようなことを言って、再三協力を申し出る場面がありますが、彼女の製作者がエッグマンと考えるとこのセリフはセージというキャラクターをよく表現していると思います。
彼女はそもそも古代人の残した電脳世界に囚われてしまったエッグマンが調査のために製造したAIプログラム。
なので、彼女に課された任務においては電脳世界という殻から出る必要もなければ、エッグマンの命令を逸脱する必要もない。
ソニックの言葉をにべもなく蹴ったのはセージからすれば当然のことではあります。
遺跡に封印されていたTHE ENDの危険性を誰よりも承知していたセージは、古代人の残した封印の保持を優先して停滞を選択していました。
けれどもソニックの介入のせいでどんどん封印は解けていき、ソニック自身もサイバー侵食で衰えていくため希望は尻すぼみしていくばかり。
このまま停滞を選択し続けると、待っているのは正に終焉(THE END)。
殻の中に閉じこもっているだけではいられない状況下になってしまったわけですね。
結果、ソニックのどこまでも前進を続ける可能性に触発され、遂には彼が救おうとしてきた仲間の自由意志でソニックをサイバー侵食から解放するという演算外の結果が彼女が殻を破る決意をした大きなきっかけとなります。
※※※
THE ENDのメッセージが停滞と管理と保守を目的とする黒の球という形から見るに黒セージとTHE ENDはイメージが被さるようにデザインしたのではと思っています。
一方でシナリオ進行するに従い、セージの服の色が徐々に白になる瞬間が増えてゆくところからしても、彼女の内の「前進の意志」が白セージとして象徴していると見ていいでしょう。
製作者がエッグマンで、ラスボスが球ってあたりからして、ソニックフロンティアとは究極的にはセージが主人公で彼女が卵の殻を破って本当の意味で誕生する物語だったと言っていいと思います。
THE END戦で戦っているのはソニックではなくSUPREMEであり、SUPREMEに搭乗しているセージであることからもそれが伺えます。
彼女がエッグマンの下からはばたき巣立つかどうかは今後のシリーズ展開次第なんでしょう。
個人的には相変わらず黒セージが基本でたまに白セージになる、お父さん大好きっ娘であってほしい。
ブレーキ役は大事。ブーストダッシュ全開で奈落や海に溶岩へと落っこちるのを防ぐためにはちゃんと前見てブレーキを踏みましょう。
【余談】
3-1タイムアタックたーのしー!
ホーミングダッシュやショートカットが使えないので現状この程度。
他にも1-1、1-2、2-6あたりがタイムアタックしていて楽しいステージですね。
電脳空間は意外とクロノス島のSt1系のタイム制限が厳しいのが多いんですね。
「根詰めてコンプする必要はないからさっさと次行っても話は進むよ」という意味かもしれません。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?