最強のフライホイールがあるからだ- Coupaの4割成長のビジネスモデル- (2022年6月)
Coupaのビジネスモデル論です。
1.”Record Breaking“な成長スピードは、どうして可能なのか?
Coupaは毎年4割成長を続けています。つまり1年ごとにほぼビジネスが1.5倍に拡大しているのです。しかも規模が小さな企業の話ではありません。年間収益が6億ドル(約700億円)を超える企業が、この成長ペースを、単年ではなく毎年継続しているのです。2022年1月決算ではすこし伸びが鈍りましたが、それでも前年の4.7億ドルが6.4億ドルへと1.6億ドルも増加しました。
大まかな円換算をすれば、これは前年収益が500億円強の企業が、1年で200億円弱を伸ばし、年間収益700億円強企業になったということです。ものすごいペースだとは思いませんか。年商増加40%の事例といえば、他に昇り竜の勢いの頃、すなわち2015年のアリババを思いつきますが、やがて伸びは鈍化してます。それに対し、企業規模の違いはあるにせよ、Coupaは4割成長を継続しているのです。
では、なぜこのような成長ができるのでしょうか?
結論から言うと、類を見ないビジネスモデルをもち、さらにうまくテコ入れしていることで、この成長が可能になっています。
では次に、そのビジネスモデルとはどのようなものなのでしょうか?
そのあたりをこの記事では取り上げます。
2. Coupaビジネスモデルは成長のフライホイール(弾み車)だ、でもまずは類似例から
Coupaの継続成長を支えるビジネスモデルとは何なのでしょうか。
それは「成長のフライホイール(弾み車)」です。
そう「成長のフライホイール」なのです。フライホイールとは、いったん回り始めると自律的に回転が続き、回転速度の増加要因が少し加わるだけで、回転速度がぐんぐんと増加していく仕組みで、「弾み車」とも呼ばれます。
そしてこの名を聞くと、ジェフ・ベゾスのAmazonの仕組みを思いつく方も、きっといらっしゃると思います。実はCoupaも、Amazonと同じ「成長のフライホイール」を持つ企業なのです。いやそれどころかCoupaのそれは、Amazonよりも精巧かもしれません。ゆえにこの記事では、Coupaの「成長のフライホイール」について、そのメカニズム、回転開始の契機、維持の上での最重要ポイント、そして回転加速のためのテコ入れまで、その全貌を取り上げていきます。
しかしCoupaの事例に入る前に、少しの寄り道を許してください。最初によく知られているAmazonの事例を見てみたいと思うのです。そしてその上で、Coupaの「成長のフライホイール」を見ることで、その特徴がより際立つと思うからです。
3.Amazonの成長のフライホイール(弾み車)とは何か
Amazonの「成長のフライホイール(弾み車)」(別名「The virtuous cycle」や「因果ループ」)は、ジェフ・ベゾスがカフェで紙ナプキンに描いたものが端緒とされます。しかしそれが今や、Amazonがホームページ上で「今でもAmazonの一部として生き続けています」と動画付きで紹介される仕組みにまで至っています。
このAmazonの「成長のフライホイール」は、さらにジム・コリンズが著書「ビジョナリーカンパニー 弾み車の法則(原題:Turning the Flywheel: A Monograph to Accompany Good to Great)」で取り上げたことで、著名な汎用的概念となりました。なお、この本の原題「Good to Great」は和訳では「飛躍の法則」とされましたがが、文字通りでは「良さげな会社が真にグレートな会社になるにはどうしたよいか」を意味しています。そして、それに重要な要素の1つが「成長のフライホイール」とされているのです。
前置きが長くなりましたが、では「成長のフライホイール」によって、Amazonがどのように「Good to Great」したのでしょうか。下図は、Amazonホームページ上に示している「成長のフライホイール」の図に、著者が日本語訳を付したものです。
Amazonのフライホイールは、2本のループからできています。
1本目は「品揃え→顧客の満足体験→来客数→出店者」です。商品が揃っているい場、来るだけでワンストップの買い物ができる場は、顧客にとって便利です。すなわち顧客の満足度(満足体験の質)が高くなります。すると何が起こるでしょうか。一度これを体験した顧客、あるいはその評判を聞きつけた顧客が、あちこちのサイトを探し回る不便さを避けて、ここに呼び込まれるようになります。そして顧客が集まるとなると、出店者も増えてきます(顧客がいるところでこそ、ビジネスチャンスは広がります)。するとどうなるか?ますます商品の品ぞろえが増えて、さらに顧客が増えて...といったエンドレスの成長ループ(因果ループ)が回るのではないかと、ベゾスは紙ナプキンにアイデアの図を描きながら、おそらく考えたことと思います。
しかし顧客満足度(顧客の満足体験の質)をあげる要素がもう1つあると、ベゾスは気づきます。すなわち、価格の安さ(低価格)です。ではそれを実現するにはどうしたらよいか? これがもう1本のループ追加の契機になりました。すなわち低コストの業務構造を作り出せばよいのです。では具体的にはどうするのか? デジタル化も一案ですが、何よりも規模の経済による効率化が重要ではとなりました。そして規模拡大とは、まさに成長(Growth)に他ならない。ここに「低価格→顧客の満足体験→成長→低コスト構造」のもう1本のループが成立しました。
この紙ナプキン上のスケッチは、今後継続的にAmazonを事業成長させるにはどうすればよいかについての、ベゾスの思いつきアイデアの1つだったのではと思います。彼は思いつくままに、それをまずは紙ナプキンに書き留めました。そして実行し検証してみたところ、これが実にうまくいきました。その結果「顧客に品揃えと低価格というvirtuousを与えることで、永続的に成長拡大していく会社なんだ!!」と、従業員募集の会社説明ホームページで、フライホイールを示すにまで至った企業、それがAmazonなのだと思います。
この概念は、さらに前述のトム・コリンズによって汎用的に理論化されました。彼の著書では、小規模なスタートアップ企業がその域を離れて、スケールアップ企業(彼流に言えばGreatな企業)に変貌し、躓くことなく事業を成長させるにはどうあるべきかの考察が行われますが、その重要な成功要因の1つとして「成長のフライホイール(弾み車)」が提示されたのです。
4.Coupaの成長のフライホイール(弾み車)はもっと強力だ
Coupaも同様の「成長のフライホイール」を持つ企業です。というかAmazonを凌ぐ「成長のフライホイール」をもつ企業かもしれません。そのCoupaの「成長のフライホイール」が下図となります。
Coupaの「成長のフライホイール」の根底にあるのが「集合知としてのデータ」です。しかしまずは、どのようにしてこのCoupaのフライホイールが回り始めたのか、そこから話を始めましょう。
(1).「黎明期」の顧客基盤確立、でも…
記事「Coupa年代記(上)~Coupaはどのように購買ソリューションのトップに立ったのか」に書いたように、Coupaは2006年にパロアルトで創業されました。
当時は、オンプレミス型購買ソリューションが足踏みしていた時期でした。そこにクラウド型の新たなビジネス機会に乗り、使い勝手の良さを定評に製品「eProcurement(「発注~支払」をカバー)」で登場し、一定規模の顧客層を手にしたのがCoupaです。とはいっても、支出データ分析機能である「Spend Optimizer」が製品に正式に組み込まれたのは、創業から実に5年後の2011年。Lightning Speedで変化するシリコンバレーにもかかわらず、これが当時のCoupaの変化スピードでした。確かに当時のCoupaは、Webinar(私も聴講していた)などでは目立つ企業、すなわちジム・コリンズ流の「そこそこ良い(Good)」な企業ではありましたが、この時点ではグレート(Great)への道のりは見えていませんでした。場合によっては、どこかの大企業に吸収されて、既にその社名が消えてしまっていても、決して不思議ではありませんでした。
(2).グレート(Great)への転換点はデータへの着眼だった
そんな企業が、ではなぜ年率4割成長を継続する、年商1000億近い企業になれたか、その転換点(Tipping Point)はどこにあったのか。まずはそこに着目しましょう。
著名な情報提供会社Spend mattersの経営陣の1人、Pierre Mitchell氏は、2014年の予言(Prediction)の1つを、次のように記しました。
しかし2021年10月21日のメール版ニュースレター「Spend Matters weekly update」になると、「2014年の予言には当たりはずれはあったものの、「顧客データから洞察を生み出す」は当たったよね、実現したのはCoupaの支出ベンチマーキングだけど」との述懐するに、彼は到りました。
そして、まさにこの「顧客データから洞察を生み出す」ことが、Coupaが良さ気(Good)なスタートアップ企業から抜け出して、グレート(Great)な企業にスケールアップする転換点(Tipping point)となりました。
(3).Coupaの成長のフライホイールの回転原理を説明する
ここでCoupaの「成長のフライホイール」に立ち戻りましょう。「顧客データから洞察を生み出す」、その仕組みは、次のようになっています。
既に一定程度のユーザー基盤を持っていたCoupaでは、顧客(ユーザー)がシステムを利用する度に相応のデータが蓄積していました。そしてクラウド型デジタルソリューションの常は、匿名でのユーザーデータの活用を許す使用許諾契約が顧客と結ばれていることです。ならばそれをうまく活用して、顧客を惹きつける仕組みを作り出せばよい、それが前述のPierre Mitchellの予言が意図するところでした。
そして、それを精巧に行う絶妙な仕組み、ある意味“起爆剤的”に抜け出せなくなる仕組みへと昇華させたのがCoupaなのです。Coupaの「成長のフライホイール」は次のように回ります。
Coupaは、基本的/表面的には購買業務オペレーションをサポートするシステムを提供する企業です。しかしこの「成長のフライホイール」が根底で回り続けることで、顧客がますます惹きつけられ(抜け出せなくなり)、それがCoupaのビジネスの継続的な急拡大と繋がっているのです。
では、この「成長のフライホイール」を回す”要諦“となるのは何でしょうか。お気づきのように「比較指標(KPIs)の提供」の仕方、収集データの卓越した“料理”の仕方が、まずは思いつく”最重要ポイント”になります。もし比較指標が役に立たなければ、誰も見向きもしないでしょう。では顧客を惹きつける比較指標の提供を、どのようにCoupaは行っているのでしょうか?
次はそこを見ていきます。
(4). “Trust”の変貌:権威主義から衆知/民主化へ
ただしその前に、時代の趨勢に目を向けておきましょう。
過去は名の知られた調査機関が発行する調査レポート類が、権威ある、信頼に値するものと考えられてきました。ノウハウがある専門の調査機関ではなければ、有効な調査サンプル数も集まらず、データ分析の知見も十分に発揮もできないと考えて、各企業はそれらの購入を行ってきました。しかし名の知られた/権威ある調査レポートは本当に信憑性があるものなのでしょうか。
いやそうとも言えないと異議を唱えた一例が、レイチェル・ボッツマンのベストセラー「トラスト(原題: Who Can You Trust)」です。特定機関の調査データといっても、実はせいぜい数百しか調査件数がないことは往々です。さらに分析内容は本当に適切なのかでしょうか。意図せずとも調査機関のバイアスがかかっている可能性だってあります。
それならば、多数の実データの方に基づく「集合知」の方が信頼性が高いかもしれません。デジタル化の進展はデータの収集を極めて容易にしました。ならば、「特定の権威・制度に基づく信頼(Institutional Trust)」ではなく、ウーバーやエアビーアンドビーの相互評価付けのような「脱中心化された信頼(Distributed Trust)」を受容し、活用する方向に時勢は推移しているのではないだろうか、それがボッツマンの主張でした。その時代の流れにうまく乗ったところにも、Coupaの幸運があると思えます。Coupaの成功には、時代の趨勢も寄与しています。
では、Coupaがその”要諦”となる比較指標(KPIs)の提供をどのように行っているかを、2つの点から見ていきましょう。
(5).回転の要諦#1: 自社位置づけの見える化(成功指標)とその処方箋の提供
第一は、ダッシュボード形式の「インサイト」画面です。
①成功指標: 実態の見える化
まず表示されるのは「成功指標」という名の比較指標(KPI)の一覧です。
なお、成功指標の種類は徐々に増加し、例えば最近はESG指標の追加が行われています(画面の体裁や区分にも最近変更がありました)。
それぞれの成功指標の横には、蓄積データから自動集計された「現状」と、事前設定された自社の「目標」が並んで表示されます。「現状」の文字色は、値が目標以上であれば緑色、下回ると赤色で示され、目標対比の達成状況が一瞥できるようになっています。さらにその横には時系列の変化がグラフ表示されます。上昇傾向か下降傾向かを容易に把握できることで、着目すべき指標が明確にでき、今後の対策立案に役立ちます。
購買部門は単なる買い物の仕組み提供の"便利屋”部門ではありません。自社の購買状況を把握した上で、支出を最適化し、業務統制がある業務オペレーションを遂行する全社司令塔(コントロールタワー)の役割が求められます。しかし従来はデータの収集が容易にできず、状況が「見える化」できないことから、役割の活動が制限されてしまうのが常でした。その縛りを解き放つ機能を、Coupaは提供しています。
とはいえ、自社の状況を把握できる機能は他社製品にもある話です。Coupaユニークではありません。ではどこが違うのか。その違いにこそ、Coupaの特色があります。
違いの1つが、成功指標ごとの他社比較です。一番右の列に、成功指標ごとに、Coupaユーザー(コミュニティ)の上位20%の「リーダー」の実績値が示されます。これと自社の「現状」を比べることで、世間水準に比べた自社の
位置づけが一目瞭然にわかります。
前述のように、購買部門は全社の支出および購買業務統制を適正に行う全社司令塔(コントロールタワー)の役割を担わねばなりません。しかし実態が把握できないがゆえに、手をこまねいている購買部門は少なくありません。さらに世間水準比較で自社を語れることは、一般社員への説得力を持ちえます。
さらにこの機能の必要性がより鮮明なのは、欧米企業かもしれません。購買部門は、その成績(パフォーマンス)がどうなっていて、その原因が何かを、経営トップ、ひいては株主に示す「説明責任」を一般的に負っています(日本企業では、トヨタが原価低減分析を決算発表に含めるのに少し似ているかもしれません)。そして、もし購買部門がその経営貢献度合いを明確に提示できないとなると、その購買部門は自社での保有意義を疑われ、社外のアウトソーシング業者と置き換えられて、消滅してしまうかもしれません。ゆえに欧米企業は、従来は調査会社のレポートを購入して、自社とのベンチマーク比較、他社と比較してどのくらいできているのかを示すのに使っていました。
昨今では日本企業でも、成果重視の方向が進みつつあるのは、皆様もご存じのとおりです。また、自社の経営貢献価値を示せなければ、社内での購買の重要性認識も向上しません。ゆえにその点でも、成功指標ごとの他社比較は重要となります。
Coupaではそれが自動的に最新状態で提供されます。しかも集合知を容認する時代の趨勢は、従来の調査レポートは不要の方向に変化してきました。ゆえにCoupaが提供する成功指標は、一般社員にも、経営トップ/株主に対しても、的確に現実を伝える協力な材料となります。
②推奨事項(処方箋): 改善の機会と予想成果の提示
これに加えて、成績の芳しくない成功指標にどう対処すればよいかを示す「推奨事項(処方箋)」が表示されるのが、Coupaのユニークな特色です。かつては「こうしてください/こうしたらいかがですか」と文章で方向性を提示するだけでした。しかし最新版では進化して「こういう改善の機会があって、それによる想定効果はこのくらいあります」と提示するようになりました。さらに、その横には実際に改善を行う画面に飛ぶリンクまでつくといった手の尽しようです。
(6).回転の要諦#2: ”使って楽しい”ゲーム感覚が導く自律的業務改善
しかしこれだけが継続4割成長の要因だなどと言われても「本当にそれだけで達成できるのだろうか」と、どこかうさん臭く鼻白みます。しかし実はもう1つ、おそらくはより重大な秘訣がCoupaには存在しているのです。
創業当初からCoupaの「使い勝手の良さ/楽さ(Easy to use)」には定評がありました。AmazonなどのECサイトの経験があるユーザーであれば、即座に困難なく使いこなせるとの評判だったのです。しかしこれだけに留まらず、下図のような新たな機能が追加されました。
この機能は、様々な場面で「あなたは他と比較して優れています」(褒められるのは、自尊心をくすぐられて、やっぱり嬉しい)、あるいは「あなたは他と比較して劣っています」(悔しくて、次頑張ろうの気持ちになる)を、一般ユーザーに対して表示するものです。その比較先は、他社を含めた世間一般(=コミュニティ)の出来具合とになります。
では、これってどうなのでしょうか? 私の感触ですが、楽しくて、けっこうハマるのです。ゆえに私は「使う楽しさ(Fun to use)もあるよね、Coupaって操作の”楽”と使う”楽しみ”の『楽の2乗』だよね」などと言っていました。
この秘密が明かされたのが、2021年の「THE 2021 BUSINESS SPEND MANAGEMENT BENCHMARK REPORT」でした。「ゲミニフィケーション(gamification capabilities)」という言葉が明記されたのです。「そうか、やっぱり意図的にやっていたのか」とこれで得心がいきました。そう、Coupaは意図的に、他社と比較をして競争心を煽り、楽しく使ってもらうゲーム的要素を製品内に仕込んでいたのです。ゲームをプレイしているのと同様に、ユーザーはこれにハマるのです。他社製品が面白みがなく無味乾燥に思えて、Coupaから抜け出せなくなる「起爆剤効果」がここにはあります。そして私は、一般ユーザーがこのような仕掛けを持つCoupaから抜け出せなくなる状態を「Coupa沼に嵌る」と呼ぶことにしています。
(7).Coupaとは業務改善が自律的に進む”起爆剤”である!!
一方で、この機能は購買部門にとっても非常に助かります。一般ユーザーが競って良い成績を目指しつつ、Coupaを率先して使うようになることで、例えば「購買部門非通過購入(Maverick Buying)」が大幅に減少したり、業務スピードが改善していきます。しかも購買部門が口うるさく一般ユーザーに接する厄介な手間を経ずに、自律的に購買業務が改善されていくことを、これは意味しています。これまで苦労してきた、数多くの購買部門にとって、これは計り知れなく貴重な機能ではないでしょうか。
そして、このCoupaの「起爆剤効果」で「Coupa沼に嵌る」ユーザーがどんどん増えていることが、インサイト画面機能の便利さとも相まって、Coupaが継続的な4割成長を実現している成功要因と、私は考えています。
5.Winner Takes All: 成長のフライホイールは、強力な他社参入障壁でもある
データ集合知に基づく「成長のフライホイール」は、他社に対する強力な参入障壁としても機能します。
データがいったん集まり始め、「成長のフライホイール」が回り始めると、提供する比較指標(KPIs)の精度/信頼性がどんどん高まります。するとそれに惹かれて、さらに多くの顧客が使用を始めます。すると、さらにデータが集まって...このような前述の好循環は、新規参入を意図する他社の動きを強く牽制もします。「成長のフライホイール」がいったん回りだすと、後発の新規参入者がCoupa以上のデータを収集し、Coupaを越え去るのは、もはや容易ではありません。
一方で、多くの顧客をもつ既存大手のAribaやJAGGAERが、データによる集合知を用いた、Coupa同様の好循環を実現できていない不思議があります。Coupaを見て、なぜ同様の仕掛けをつくらないのでしょうか。あくまでも私の推測ですが、両社ともオンプレミス時代からの製品で、かつ複数社のCloud上に導入することが認められてきた経緯があります(CoupaはAWSのみ)。ゆえになんらかの制約があり、Coupaのようなデータ利用ができなかったのかもしれません。そして既存大手がもっと早くに同様の仕掛けを作っていれば、状況は違っていたはずです。しかしCoupaがここまで差をつけてしまった今となっては、もはや追いつくことは実質的に困難に思えます。
いずれにせよ現在、このように好循環の「成長のフライホイール」を実際に回し続けられているのはCoupaだけです。その結果として、Coupaは継続する急成長をい手にしています。
GAFAM時代にあって、我々はデータの支配者が“Winner Takes All”を達成するのを目にしてきました。ご覧いただいたように、Coupaも同様なメカニズムの上に存在しています。ということは、Coupaの「一人勝ち」が今後も続き、Coupaが勝ち組企業のトップに君臨し続ける見込みは非常に高いのではないでしょうか。
6.成長のフライホイール(弾み車)を加速する仕組み: Customer Value Manager(CVM)
Coupaのビジネスモデルの弱点は、この「成長のフライホイール」の回転速度が鈍ってしまうことです。回転が高速で継続しているうちは4割成長が続きます。しかし鈍れば他社の追随を許しかねません。
でもCoupaと言えども、企業規模が大きくなるにつれて、2010年代末には成長鈍化の兆しが見え始めました。ではそこでCoupaはどう対応したのでしょうか? Coupaは「Customer Value Manager(CVM)」職を2019年7月に導入しました(Coupa Japanの昨夏のWebinarでも、この職種の新設が紹介されていました)。
ではこの職種はどのような役割を果たすのでしょうか。Coupaの説明は、およそ次のようなものです。
CVMは主にCoupa稼働後に、顧客が業務を成功させるサポートをする
CVMは定期的に顧客を訪問し、成功指標の進捗を確認し、最新情報を提示するとともに、必要に応じて目標の見直しも支援する
顧客の状況やニーズを社内フィードバックし、Coupaが全社を挙げて顧客を成功へと導くコーディネートをする
CVMはこのようにお客様を確実に成功に導くカウンセラーの役割を果たす
しかしCoupaのビジネスモデル上、あるいは企業戦略の観点は、これだけでは不十分に思えます。その方向から見るならば、これはどのような意味を持つのでしょうか。
Coupaの「成長のフライホイール」の”要諦”は、「比較指標(KPIs)の提供」の仕方にあると前述しました。でも、もし「成長のフライホイール」の回転が鈍りそうに思えたならばどうするのでしょうか。Coupaが選んだのは、CVMの導入して「ユーザーの成功体験」の部分を後押しすることで、回転の加速させる方策だと、CVM職新設の話を聞いたとき、私は感じました。
Coupaとは、このような一貫性のある戦略に基づいて経営されている企業です。ゆえに、例えば日本のスタートアップ企業各社(特にスケールアップを目指す企業)にとっても、Coupaは多くを学べる絶好の事例(リファレンス)となります。
一方でCVM職の意味合いを考えると、旧来の世界観になじむ私などは、背筋がぞくぞくする感触も持ちます。スタートアップ企業で話をすると、「CVMって、いわゆるカスタマーサクセス職のことではないですか、そんなに新しい概念ですか」と怪訝な顔をされることも少なくありません。彼らには別に変った話ではないと思っています。
しかし従来からのERPビジネスの視点で考えたら、どうでしょうか。
ERPベンダーは主に製品提供を担い、総合コンサルティング会社やSI企業がパートナーとして導入に携わる役割分担で、日本にERPビジネスが上陸(ローンチ)したのが約30年前です。それ以来、この役割分担のエコシステムが継続してきました。このエコシステムは、ERPベンダーには単独達成できない急速な顧客への展開をもたらし、導入パートナー企業には専門性ゆえの高単価ビジネスの機会をもたらしました。その結果は、例えば総合コンサルティング会社の収益の2本柱の1つがERPビジネスになっているという現状に至っています。
それに対してCoupaが行ったのは、既存のERPビジネスのエコシステムではERPベンダーの不可侵領域とされていた「導入ユーザー支援」への進出という”掟破り”です。もちろん前述のように、これはスタートアップ企業では当然の考え方です。さらにCoupaも、パートナー企業への説明には非常に慎重に対応しています(パートナー企業への説明では、あくまでもCoupaは裏方に回り、パートナー企業の成功を併せて支援することを強く表明しています)。とはいえ、スタートアップ企業の世界の動向や常識に即したこのような動きは、従来からの常識のエコシステムに楔を打ち込むことにもなりかねません。
このように、従来からの通念や常識の地殻変動を引き起こしかねない側面がCoupaにはあります。まさにディスラプター(Disruptor)としてのCoupaです。その意味でも、Coupaによって何が変わるのかを見極め、その動向に十分に留意しておくことが重要です。
7.Coupa、面白いぜ! - COUPA Japan Symposium 2022の半分の宣伝
購買ソリューションの選択については、使用感(使い勝手)の相性や金銭面など、一概に決めつけられないところがあることを、私はこれまでも述べてきました。その考えは今も変わりません。ただし選択の前提知識としては、Coupaはもはや外すことはできない製品になっているのが事実です(無視して社内稟議をあげると、不備の誹りを免れません)。ゆえにその観点で、この記事が皆さんの参考になればと幸いです。
加えて(宣伝気味ですが)、7月14日10時から「Coupa Japanシンポジウム 2022」が2年ぶりに開催されます。無料オンラインイベントですので、購買ソリューションの導入に携わる方には、最新情報収集の良い機会にもなると思います。
…とはいえ、ここまでのストーリー(長文をお読みいただき、ありがとうございました)で、「ふ~ん」と訝し気になってしまう方もいらっしゃるかと思います。あるいは「この話、今回のシンポジウムじゃなくても聞けるのではないの?」と思われている方もいらしゃると思うのです。書いている私自身が「まあそれもありだな」とも思ってしまっています。それでこの部分の見出しは「半分の宣伝」としました。
しかし少し先行的に打ち明け話をしてしまうと、今まさに「Coupa Japan、面白いぜ!!」なのです。そしてその話は、まさに今の旬のタイミングではないと聞き逃すと思っています。
その「Coupa Japan、面白いぜ!」を次の記事(リンクは後日以下に提示予定)で至急にまとめたく考えます。もちろんこの記事を見て、すぐにシンポジウムに申し込んでいただく方が、定員面などでは安全と思います。しかしまだ逡巡されている方は、どうか次の記事も読んでみてください。
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