長屋に鳴る鬼 明治幻想奇譚 第十一話 幸運の子ども
「その子どもはレグゲート商会に幸運をもたらすのです」
「は?」
「そうですね、何とご説明すればよいか。山菱君が化け物を集めるようにその子はレグゲート商会に幸福を集めていました」
「なんだそりゃ、色々とツッコミどころが多いぞ。幸福を集めるってぇと座敷童子みたいなもんか?」
「そうですねぇ。とはいってもその子どもは人、なんですけどね」
座敷童子。
確か家にいつくと幸運を呼び込むのだったか。それはなんとなく大事にされていそうな気はするが。それに座敷童子というのは妖怪ではないだろうか。妖怪。土御門の理屈では座敷童子であれば子どもの姿で幸運をもたらす。
いやちょっと待て、俺は妖怪レベルで化け物を呼び込むってことか?
「それで今晩のことですが、私はその子が長屋から逃げ出さないよう結界を張ります」
「結界?」
「そう。入れないようにするのと同じく、出ることが出来なくもできるのですよ。それで縁のあるアディソン嬢にその子に話しかけてもらい、山菱君が掘り返します」
あの煙は、床下から立ち上っていた。あの入道雲が地面から生じているように。
「やっぱり俺が掘るのか」
「アディソン嬢は腕は立ちますが、力仕事には全く向きませんからね」
まぁ、そうだな。
アディソン嬢の義足を思い出す。あれでは確かにスコップを操ることもできないだろう。そもそもアディソン嬢は小柄だ。なかなかの鍛えぶりだったがそれは戦闘のための体であって、肉体労働をするための筋肉ではないだろう。
江戸城にかかる太鼓橋を左手に見ればお堀下に船が何艘か浮かび、その上に青緑のカワセミが2羽止まってのどかに囀っている。
「それでアディソン嬢は回収のために大きめの容器を運び入れます。棺桶と考えて頂いて結構です。そこに山菱君が掘り出したものを入れて下さい」
棺桶、か。
やはりあのお熊さんが話していた噂はあの長屋の下の話なのか。
昨日聞いた話はこうだった。
銀座大火の折、多くの者が焼け出されて逃げ出した。もともとあの場所には別の長屋が建っていて、そこに化け物が現れたらしい。
その化け物は風や雷を呼び起こし、恐ろしい唸り声をあげていた。化け物が火事の原因だろうと思った住人たちは怒りに任せてこれを囲って打倒したが、気がつくと囲っていたのは化け物ではなく異人の子どもだった。
住人たちはふいに恐ろしくなった。自分たちが何故その子どもを化け物と思ったのかわからなくなったのだ。既にその場は火事の真っ只中で混乱の渦の中にいた。
もうもうと充満した白い煙が奇妙な姿の子どもを恐ろしく見せ、パチパチとはぜる木材の音や火のめぐりで吹く突風を、あたかも何か恐ろしい化け物が起こしているのだと錯覚してしまったのだろう。
お熊はそう述べた。
異人を殺したとなると重罪であろう。住民はその後散り散りに逃げたらしい。
その後のことはわからない。元の住人がバラバラに居を定める中、お熊さんだけが火事の後にこの長屋に移り住んだ男と結婚し、戻ってきたのだという。
急に雲がかかって日が陰る。お堀から冷たい風が吹き、カワセミがバサバサと飛び去った。
「山菱君はその子のことを知りたいですか?」
「うん?」
「その子の曰く付きの部分についてです。山菱君の聞いた噂話ではその子どもは化け物に見えたのでしょう?」
曰く、付き。
座敷童子ということか? 幸運をもたらす、子ども。
うん? 幸運を?
お熊さんの噂ではその子どもは火事を起こしたと誤認された、んだよな。幸運とは真逆のように思われる。
「それから噂を聞いた山菱君は長屋で昨夜見た化け物がその子どもかも知れない、と思った。そして私はその子を曰く付きとだけ教えていた。だから夜な夜な現れる何かがその子に関係あるのかも知れない、と思った」
思った?
「まぁ、そうだな」
「山菱君はその子について知りたいですか? 私は山菱君に協力して頂いています。できうれば今後もご協力をお願いしたい。お仕事というだけでなく良好な関係を築きたいのでね。だから知りたいというのであればお話しします。それに知っておいた方が目的は遂げやすい気もしますしね」
なんだかよくわからぬ話の展開だ。
幸運をもたらす子ども。異人の子ども。
そして化け物と思われて殺された子ども。
浮かび上がる姿は昨夜見た黒くもやもやとした何かのように、なんだかよくわからない。
けれどもその子どもは確かにいた、のだろう。
「俺は知っておいた方がいいのか?」
「知らなくても支障はないと思いますよ。仕事として今夜を過ごして頂ければそれでも十分です。これは山菱君が、この子どもに主体的にどの程度かかわりたいか、という問題です」
「主体的に、ね」
「ああそうだ、穴掘りのお礼はきちんと追加でお支払い致します」
そういう意味ではないのだが。
そうだな、そういえばそもそも俺は7日間あの長屋に住み込んで五十円もらう、という仕事をしているのだった。あまりに異常が続くからいつのまにか頭から抜け落ちていたが。
けれども焼け出された先で無惨に殺された子ども。ただの仕事と割り切るには、既にその子どもに情が湧いていた。
昨夜の終わりに聞いた、助けて、の声が心に刺さるのだ。
何から?
この辺りの住人から?
それとも、レグゲート商会、から?
そうだ、座敷童子と聞いてから引っかかることがあった。座敷童子がいる間は家は隆盛して、いなくなれば荒廃する。妖怪の座敷童子とはそういうものだ。だから家によっては、座敷童子が外に逃げないように閉じ込めておくという。
引っ掛かっていたのは養親であるアレクサンドラのあの妙に冷たい態度だ。その子がレグゲート商会で閉じ込められていたとしたら。
アディソン嬢の『あいつは部屋から出らんないからな』という言葉が体が弱いから、という意味以外に閉じ込められているという意味が含まれていたら。
その子の遺骸はレグゲート商会に戻すのがその子の望みなのか。
「俺は昨日、『助けて』と言われたんだよ。だから助けたい。その子どもはレグゲート商会に幸運をもたらすそうだが、その子に幸運をもたらすにはどうすればいいんだ」
そういうと土御門は、へぇ、と目を丸くした。
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