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本雑綱目 15 猪俣津南雄 調査報告 窮乏の農村

 これは乱数メーカーを用いて手元にある約4000冊の本から1冊を選んで読んでみる、ついでに小説に使えるかとか考えてみようという雑な企画です。

今回は猪俣津南雄著『調査報告 窮乏の農村』です。
岩波文庫の978-4003415016。
NDC分類では産業>農業経済・行政・経営に分類しています。

1.読前印象
 タイトルからだけだと時代区分がよくわからないが、きっと『調査報告』という名前からすると近代以降だろう。そして窮乏のような文字が付く場合、テーマは窮乏の状況または窮乏か否か、ようするに本当に農村が窮乏しているのか、あるいは実は窮乏していないのかだと思うけれど、おそらく前者なんだろう。
 最近は江戸時代なんかも農民は窮乏してなかったという話はよく聞くけれど、それは為政者の施策によるところも大きいだろうし、地域差は大きいはずだ。この本は調査報告なのできっとフィールドワークの結果なのだろうと思う。
 さぁ、張り切って開いてみよう~。

2.目次と前書きチェック
 1934年なので戦前に行われた調査のもよう。古い時代の人間の証言というのは今からではどうやっても集められないものでとても貴重。
 序文をみれば、筆者は2府16県、43の農村を調査したそうで、そのうち窮乏甚だしい8村、中位の24村、状態のよい11村だそうだ。この違いがどこから生じるか、又はどのようにこの3分類にしているのかがとても興味深いところです。
 目次は『窮乏のさまざまの型』、『農民から観た農村対策』、『農民の喘ぎ求めるもの』の3章にわかれている。この中からそれぞれ、山村と漁村の『トラックで村が全滅する話』、米穀統制法の効き目から『中農は有難くない、貧農は助からぬ』、没落の中農層から『統計には現れぬ中農の土地喪失』を読んでみます。

3.中身
『トラックで村が全滅する話』について。
 地主が山の木を売り払うため貧農は木こりや炭焼きができなくなり、(多分売却された木材によって)大会社が機械製紙を行うため紙漉きができなくなり、その結果小作料が滞って小作地を取り上げ又は売り払わざるをえなくなり、救農事業で工場で働いた結果によって道路ができて流通が整備されることで女子が歩荷を担いだ手間賃がとれなくなるという負のスパイラル。ドミノ倒しのようなこの変化は産業が革命することによって起きる避け得ない作用ではあるのだろうけど、これは農民、つまり当時の当事者にとって予測できないことだろうとは思う。こんなはずじゃなかったという帰結。
 福祉的な手配が結果的に全部裏目に出るというところを、筆者は資本家による故意だと推認している。まあ欧米では経過した道であるし。
『中農は有難くない、貧農は助からぬ』について。
 米穀調整法は米の価格を調整して流通を統制する法律だが、米の値上がり待てる富裕層ほど儲かるもので、実際の運用としては米が大量に売られる秋の相場は安くなりその後の貧農が困窮して消費用の米を買う時は高いという現象を引き起こすため、結局貧農は小作地を奪われるだけという話。これも恐らく諸外国ではすでに行われたことだろうし、資本家は結果を予測してやっているんだろうなとは思う。
 小作料が高すぎるという話と作付面積が小さく収穫が上がらないという話がある。
『統計には現れぬ中農の土地喪失』について。
 なんだかんだで土地持ち農民は土地を売って小作農となり、小作農は借金をして高額の農地を買って返せない、そのため結局は富豪が土地を得るだけだがそれは統計に表れないという話。銀行員が高圧的だとある。
 この本はフィールドワークの結果を集積したもので、おそらくたくさんの話の結果を地域的特徴とさほど結び付けずに機序を分析したものだと思う。大抵の機序は津々浦々に当てはまるのだろうけれど、特定の地域についてを深堀りするものではない。そのためぼんやりと産業革命に巻き込まれる近代農村を描くのにはよいかもしれないが、特定の村の話をピンポイントでするには追加の調査が必要と思う。

4.結び
 それはそれとして、この今では知りようのない生の声(声自体はでていないけれど)というのはとても貴重なものだと思います。
 次回は鈴木満男著『環東シナ海の古代儀礼』す。
 ではまた明日! 多分!

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