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社会性動物としての人

ここまでは、主に個の視点によって考察を進めてきた。
しかし、人間は集団の生き物であり、集団だからこそ発生する性質がある。したがって、ここからは集団の中での人間について考えていこう。

地球上の私たち人間が同一の種族であるということは、
ほとんどの人が同意するだろう。
もちろん、人種の違いはあるものの、
基本的な身体的特徴や脳の機能は同じである。

チワワとブルドッグとラブラドールレトリバーが
互いに会話できるかは分からないが、
私たち人間は異なる人種であっても、
言語を習得しさえすれば会話が可能である。
もしも、生まれたときから遺伝子分類的に
異なる人種の社会にいた場合でも、
その社会の中で難なく暮らせる能力を身に着けることができる。

このように、同一種の動物である人間だが、
属する地域や国家によって自身の社会と他者の社会とを分けて、
仲間とそれ以外、味方と敵に合理的理由なく区別する性質にある

国が異なる場合は、それぞれの言語や文化、法律、風習が違うので、
互いを異質なものとして感じることは自然だ。

先に述べた人種の違いについても、
背丈、体格、肌の色、顔貌を異にするもの同士が、
動物的な感覚として異種と感じるのは、
なにも人間だけの性質ではないだろう。

白人の社会では黒人やアジア人への差別が文化レベルに浸透しているし、
日本で見る中国人観光客とヨーロッパ人観光客では、
私たちがそこに向ける視線は全く同じではないはずだ。

聞いたこともない遠い国で数千人規模の死者が出る災害の報道は、
明日には忘れられているだろうし、
一方で、一人の日本人がテロリストに殺されれば、
連日に渡り氏名付きで報道され続ける。

同じ国内でも血縁の濃さや属する組織によっても区分けがされる。
ほとんどの人にとって、テレビの中の交通事故による死者と、
親族・家族の老衰による別れが同じ感覚で捉えられるはずがない。

県民性で一括りにして隣県同士を競わせるバラエティ番組は、
視聴者に対して「同じ」と「違う」を感じさせることができるため、
その需要があるのだろう。

私たちは、ごく自然に無意識に、「仲間」と「それ以外」を分けている
その瞬間、自身が属するコミュニティを無意識に確認しているのだ。

しかも、そのコミュニティは固定されていない。
ある国に属しているからと言って、
その国民の全てが同じルールでは思考や行動をしない。

国の中で、自分たちが属している他のコミュニティ、
例えば学校や企業、サークル、宗教といった組織の中では、
その国のコミュニティとは異なる振る舞いをする。

コミュニティとなりうるのは
必ずしも組織として確立されたものに限らない。
家族、親族、住まいを異にする血縁や、趣味を同じとする者同士、
都会に住むもの、田舎に住むもの、といった
ファジー(fuzzy: 境界が不明確であること、曖昧であること)な複数の
コミュニティにも同時に属していて、
その時々で、それらのコミュニティに則した行動をとる。

この境界はとても曖昧でおぼろげだ。

野球経験がなく、普段野球に興味もない人でも、
母校が甲子園に出場したとき、
彼(彼女)は他の高校よりも母校に対して応援の感情を抱く人が多いだろう。普段は何の縁も感じないのにだ。

例えば、普段一人で過ごしているときにはやりもしないのに、
家に人を招き入れることになると、掃除をして、飾りつけをして、
スリッパを用意して、おもてなしの準備をする。
相手を心地よくしたいとの思いと、
相手から不快に思われたくないという思いの混在だろう。

ここに、最小単位の社会が生まれる。

ところで、コミュニティ(community)は、「集団」と訳される。
コミュニティとは、共通の興味、地域などによって
結びついた人々の集まりを指す。
コミュニティとは、辞書によると、
『情報の共有、相互支援、意見交換などを通じて、
 その興味を深め、また地域の絆を強化する役割を果たしている』
とある。

コミュニティの対義語を引くと、アソシエーション(association)とある。アソシエーションは、
『共通の目的を持って、自主的・計画的に組織された団体』
だそうだ。

違いは微妙だが、単なる集合体をコミュニティ、
「ある目的」を持って組織されたものをアソシエーションと区別される。

であるから、前段までコミュニティと称していたものの中で、
国家、企業、学校や教会などはアソシエーションに分類されるようだ。

ただし、アソシエーションの集団であっても、国家や学校など、
属している者が必ずしも目的を同一とはしておらず、
地域的にたまたま所属されたコミュニティ的な状態と
とらえられる場合も生じるだろう。

これらの区分けは属している個人やケースによっても
流動的であると思われる。

そこで、「仲間」と「それ以外」とを分ける集団のことを、
以降、本書では『社会』と記すこととする。

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