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【ショートショート】日曜日から始まる(3)


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【創作】透は、JRの駅に向かっていた。まだ鼻歌交じりで、フンフン♪と、上機嫌だった。
待ち合わせのデパートの『傘売り場』まで、ひと駅。
すぐに着いてしまう距離だ。

駅に着いた時、スマホが音を立てた。

「おっ、なんだ、こんな時間に珍しいな」

相手は学生時代からの友人、俊介しゅんすけだった。互いに就職してからも連絡を取り合う親友だ。
だいたいが自分から連絡して、居酒屋で落ち合う二人だが、俊介が自分から連絡して来るのは、滅多に無いことだった。

「おーい、どうした?」

透は、相手が俊介だと分かると緊張がほぐれた。

「いや、別に用事は無いけど、暑くなって来たし、そのうちビールでもと思ってさ」

「オーケー、オーケー、やろうじゃないの」

透は、うれしそうに答えた。

「お前、今日は外出か?まさかデートか?
まぁ、俺らも35だもんな。そういう相手がいてもおかしく無いし」

俊介は、透を茶化すように言ってみた。

「ち、違うって。ちょっと本屋をぶらぶら」

透は、冷や汗をかいた。
俊介にはまだ話せないし、『傘売り場』で待ち合わせなんて、とても恥ずかしくて言えないと思った。

「じゃあな。また連絡する」



透はスマホをポケットにしまい、
近づいてくる電車に乗ろうとドア前に並んだその時、

いきなり後ろから、背中をズズッと押され、驚いたのと、押された反動で、傘を離してしまった。    


「あっ!」  

傘は線路に落ち、傘の先端がレールの上に落ちてしまった。
そこを先頭車両の車輪が踏み

「バキバキバキ」

と物凄い音を立てていた。
傘は車輪に踏まれた後、線路脇に
飛ばされた。

一瞬の事だった。

「何するんだ、お前が押したから」

と、振り向くと、そこには倒れている老婆がいた。

周囲の人は老婆を心配そうに囲み、駅員を待っていた。

「な、なんだよ……これ」

駅員が何人も駆けつけて、老婆と、

そして、

「お前はこっちに来い」

と言われ駅員2人に
両肘を押さえられ透は連行された。

「オレノカサ」

虚しく口にしても何もかも遅かった。

傘を踏んでしまった電車は、駅員数名が線路に入り、
車輪の点検から始まる。 
そこにいた人全員が、自分を見ているようで、
透は、今起こった事が夢だったらと思った。

傘は、あちこち折れ曲がって
生地は裂かれ無惨な姿を晒していた。

透は鉄道警察に引き渡され
たっぷり、2時間 
何故、傘を離してしまったか
何故、老婆が倒れたか
同じ話を何度も聞かれた。

「お前、傘の"え"の部分がレールに落ちてたら
大惨事になってたぞ」

最後に、ひと言、付け加えられて
鉄道警察から解放された。

倒れた老婆は、救急隊員がやって来て病院に向かった事。
そして、無惨に折れ曲がった傘は
『証拠品』として提出される旨を言い渡されて、
透には、後日、警察に来るように、と言われた。

電車は先頭車両の一番前の左車輪に
スリ傷が出来ただけで、とうに駅を出ていた。

透は、何をどうしたら、と考えるも 
何も出来なかった、終わったと思った。


駅を出ると、雨が降っていた。


結構なザーザー降りで、その中を走ることも忘れ、ずぶ濡れになりながら、歩いていた。   


デパートで彼女が待っている?
いや、もう遅い。
いないだろう、もう........。

「……………………」



18日目

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