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きっと太陽でいたかった(短編小説)


「すごく綺麗なんだ」
 なにが?
 ひょんなことから仲よくなったクラスメイトの、脈絡のない話におれは問う。仲よく、なったのかは正直わからないが、客観的にはそうみえるらしい。高梨とおれは、窓辺でひとり本を読む陰キャと教室の中心でバカ騒ぎする陽キャというちぐはぐ具合なのだが、確実に距離は近づいた。ここ数日、一番連んでいるのはこいつなのだ。開放された屋上はこいつの名のとおり快晴。退屈なほど、のどかだ。
 聞くところによると美大に通う高梨の姉ちゃんの絵のことだった。油絵を描くらしい。高梨はうっとりした表情で自慢の姉ちゃんの話をするのだった。綺麗なのは絵だけじゃない。弟からみても美人の類いに入る姉ちゃんは、未来の地球を描くらしい。
「その絵がすごく綺麗なのか」
「うん。地球はああなるべきだと思う。圧倒されちゃうよ」
「ああなるって、どんな?」
「加茂、興味あるの? 今日みにくる?」
「今日っつったって……、遠慮しとく」
 近いうち、地球は粉々になる。冗談のような噂は毎日毎日流れていた。今朝のニュースでほんとうに地球が壊れることが確定した。昼のニュースはお通夜のようだった。おれと高梨は教室の隅で、テレビとは正反対に騒ぐクラスメイトたちを眺めた。かーもー! どうする明日、地球が粉々になっちゃうんだって! 以前ならおれはあの輪のなかに、中心に呼ばれていただろう。おれらが生まれる前のこと、ノストラダムスは地球のさいごを予言していたらしい。世紀末っていう過去だ。おれらにとっては未来のような話だった。何十年先の話だよ、って。予言は予定となって、世紀末でもなんでもない普通の日にずれ込んだ。知りたくもない情報を教えてくるのはやたらと恐怖を煽り立てるマスメディア。いつだってそうだ。世界が怯えるのをわかっていて、やつらはおおげさに報道してみせる。ほんとうかどうかも知れないのに。

 今度こそ地球はおわりをむかえます。あなたは、さいごに誰と過ごしますか。大切なひとはちゃんと隣にいますか。あなたは使命感を持って世のために生きましたか。使命を、全うしましたか。誰かを愛し抜きましたか。どうか後悔のない終末を。

「ついに明日、だろ。おれは信じてないけど。一応。おれなんかといていいわけ?」
「加茂だって同じでしょ。ほんとうはぼくなんかじゃなく、大好きなみんなと一緒にいたいくせに」
「別に、大好きってほどじゃねぇから」
「冷たいね、加茂って」
 そうだよ。クソ喰らえだ、そんな終末。大好きとかあいしてるとか、なにかあれば愛愛愛。きれいごとだろ、そんなもん。あいってなんだよ。いつだってそんな不確かなものが先行されて、置いてきぼりにされる実体。薄情な両親はおれを捨てて、友だちだと思っていたやつらは上っ面だけで誰もおれを呼びにこない。迎えにこない。こうして高梨と一緒にいるようになってからも、あいつらは迎えにこない。地球のさいごに、あいつらはおれたちを捨てた。三年間、日々のほぼを過ごしてきた中心部を、あいつらは捨てた。穴があいたってかまわないんだ、どうせ明日にはなにもかもがおわるんだから。そんな程度の存在だった。
「自分のこと太陽だとでも思ってた? バカだよね。みんなのこと信じてたのに、誰も加茂のこと気にもとめないんだ。かわいそう。ぼくは加茂の味方でいるよさいごまで。だってさいごにぼくのこと助けてくれたんだもんね。加茂はいのちの恩人だ」
「……うるせぇよ」
「でもびっくりした、まさか加茂が助けてくれるなんて。どうして? 罪滅ぼしのつもり? ぼくが不登校になったの気にしてた? それともクラスで孤立したころから? また学校くるようになってあいつらがエスカレートしていってから? 加茂のせいだもんね。加茂がはじめにやったことだ。加茂のせいでぼくの毎日は地獄だった。ぼくの地球はとっくに粉々になっちゃってたんだよ。わかってるんだよね? だからぼくを助けたの? 許されると思って? 地球がなくなるからせめてさいごはいいひとでいようって? 使命感を持って世のために生きようって?」
「おれは、そんなつもりじゃなかったんだよ……!」
「そんなつもりじゃなくても、ひとは加害者になるよ」
 高梨の口調はやさしい。不満も文句もいわなそうな、窓辺で本を読んでいた優等生。こいつにならなにをいっても大丈夫。そんな気やすさと傲りがあった。
「粉々になっちゃった地球はどうだい?」
 高梨の口調は変わらない。三日前、おれの世界はおわった。ひと足先におわっていた。おれのまわりにあった確かな惑星は隕石とともに飛ばされた。運よく逃げのびたかもしれないけれど、やっぱり明日、みんな消える。ずっとなんてないと知った。永遠という言葉はなくなるのだ。言葉よりも先に地球がなくなる。みんな、みんな、粉々に砕け散っておわる。
「でも、遅いなんてことはないよ。改心するってすごいことだ。少なくともぼくは今とてもしあわせなんだよ。ぼくよりも不幸な誰かが隣にいるって事実が、こんなにも気分がいいなんて思わなかった。ぼくは地球のさいごにいいひとをやめるよ、加茂白夜くん」
 おれはこいつにしたことを思いだせない。なにかをいったのは確かだった。なにげない言葉がこいつのいうように加害となったのだ。そんなつもりじゃなかった。そんなつもりじゃなかった。そんなつもりじゃなかったんだ。おれはわるいやつになりたかったわけじゃない。いいひとでいたかったわけでもない。でも、できるならばあの中心にいたかった。正解だ、高梨。きっと太陽でいたかった。あそこでなにも考えず、未来なんて先のことを不安がらずに、ただ笑っていたかった。だけど今さら弁解したってもう遅い。遅いなんてことはないよ、なんてことねぇだろ。遅いんだよ、今さら。おれは高梨を助けてどうしたかったのだろう。感謝されたかった? 正しいことをしたかった? 承認されたかった? ただ、わかってほしかっただけなのか?
 とにかく地球は明日おわる。とっくに、おわっている。
 気がかりがあるとするならば、高梨の姉ちゃんが描いた未来はどんなものだったのだろうということくらい。おれにとって地球はそんな程度だ。そんな程度でいたかった。


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